21 報酬の使い道は、計画的に!



 翌日、たっぷり眠って遅めの時刻に起床したアキラは、まず一人で乗合馬車を使ってみようと思った。

 ラウツカ市内を縦横に走っている便利な交通手段だが、アキラはまだ一人で乗ったことがない。


 少年時代に初めて一人で電車に乗ったとき、不安もあったがそれ以上にワクワクしたことを思い出したアキラであった。


「これってお店が多い所まで行く? 薬屋さんに行きたいんだけど」

「薬屋なら大通り中央にあるから通るよ! さっさと乗ってくんな!」


 並人(ノーマ)らしい御者にそうせかされて、アキラはそそくさと馬車に乗った。

 客車内は向かい合わせのベンチシートになっていて、詰めれば六人くらいは乗れそうな間取りだ。


 馬車を見かけたときに道端で手を挙げれば停まってくれるシステム。

 アキラが乗った後にも何人かの客が入れ替わり乗り降りしている。


「料金はどうやって計算してんだこれ?」

「乗ったところと降りたところの距離、区間だよ」


 アキラの質問に、御者というか運転手の並人はぶっきらぼうに答えた。

 この御者は、誰がどこで乗ったかということをちゃんと覚えているのだ。


 市街地の主要道路と思われる太い道を馬車は結構な速度で走り続る。

 そして繁華街らしきところでアキラを降ろすために停まった。


「三丁で銀貨一枚だ。兄さんは十丁だから三枚な。はみ出した分はおまけしとくよ。はじめてなんだろ? またごひいきにな」


 どうやら御者は会計を少しだけおまけしてくれたらしい。


「ありがとう。薬屋ってあの建物?」


 アキラは道沿いにある、入り口が大きく解放された建物を指して御者に聞いた。


「そうだよ。兄さん、ギルドの新米冒険者かなにかか? ラウツカに越して来たばかりなんだな」

「うん、ちょっと遠い所から来たんだ」


 一応、嘘ではない。


「必要なものはだいたいここの大通り沿いと、西の横丁で揃うから、覚えておきな」 


 御者はそう言って、次の客を拾うために走り去って行った。


「やっぱり客商売してる人はスゲーな。俺がギルドの冒険者だって一発で分かったのか」


 アキラは北海道旅行でタクシーに乗った時に「東京や関東の方から来たんですか」と運転手に一発で看破されたことを思い出し、感心して呟いた。


 店に入り、アキラは薬や滋養強壮剤を思い当たる限り店員に聞きながら物色し、会計を済ませる。

 アキラがギルドの冒険者であるとわかると、店員は料金を少しおまけしてくれた。

 それでも先日の仕事で手に入った、たくさんあったはずの金銭がみるみる減っていく。


「薬が高いってことは、魔法の力で怪我や病気を治すこと自体が難しいのか……?」


 魔法が存在している世界であり、わずかな時間ではあるがエルツーの強化魔法をその身に受けてその効果を知ったアキラ。

 しかしどうやら魔法は万能ではないらしいということを、薬屋の価格や品ぞろえ、繁盛の様子から知ることになった。


 回復、治癒の魔法がそこらじゅうにあるのなら、薬に高い金を出す者はいない。

 薬屋が多種多様な品を揃えて、立派な店舗を構えるくらいに繁盛しているということは、怪我や病気の治療を魔法の力で行うのに限界があるということだ。 


「あとは服とか防具とかかな……」


 冒険者として駆け出しのアキラだが、武器よりも防具や薬を充実させることに意識が向く。

 多分に性格的な物だろう。

 元々が日本の一般会社員であり、安定保守志向が強いのだ。


 商店街エリアを散策しながら、アキラは服屋や防具屋、道具屋の類を探して回る。


 もう少しリズやフェイ、ルーレイラに街の情報を聞いてから出かければ良かったかなとも思ったが。

 事前に情報を持たずに知らない商店街を歩き回るのも、楽しい体験だとアキラは思いながら歩いた。


 もっとも、商店街や繁華街を歩くときは、常に衛士の詰所の位置を確認、把握しておけとフェイに忠告されている。

 なにかトラブルに巻き込まれたとき、とにかく迅速に衛士に知らせることができるように。


 また、エルツーから「街に出るなら武器を携行しろ」という忠告を受けたこともあり、腰ベルトから小さいナイフを提げて歩いている。

 用心しながら、その上で街並みを楽しみながら、アキラは武器防具、その他小物を揃えている店を見つけた。


「見ない顔だな。試用、試着は一応、声をかけてくれ」

「了解。なんか色々あるね。ワクワクするわ」


 背が小さく耳が尖った、若干無愛想な店員にそう迎えられて、アキラは店内の品物を物色する。

 店員は「細人(ミニマ)」と呼ばれる種族の男性なのだが、アキラはその種族についてなにも知らない。

 エルフと並人の混血かなにかだろうかな、それにしては背が低いな、そういう体なら話題にするのも失礼かな、などと思った。


 店内の品ぞろえは革製、及び木製の武器防具が充実している。

 革の手甲、脚甲と言った防具が手ごろな値段で売られているので、まずそれを買う。


「ハチガネとかないかな?」


 アキラの質問に店員は眉をひそめて聞き返す。


「なんだ、そりゃあ」

「板が付いた鉢巻だよ。頭も守りたいけど、重かったり視界が悪くなるのは避けたいから」

「似たようなもんなら、あるな」


 手際よく店員がそれと近い品物を並べる。


「胴体の中心辺りを守れる、軽くて丈夫な防具とかもあると嬉しいんだけど。なるべく安い値段で」

「贅沢言いやがって。樫の胸当てが付いた革の短胴衣なんかはどうだ」


 革ベストの前面中央部分に、薄いが丈夫な木材のプレートがしっかりと縫い付けられている品だった。


「いいね、心臓もみぞおちも守れる」


 などと言うやりとりを店員としながら、まだ予算的に大丈夫かなと思ってアキラは武器のコーナーもチェックする。


「流石にトンファーはないか。いっそ自分で作ろうかな……」


 刀剣や棒を振り回すという攻撃手段を、アキラは苦手でもないが得意とも言えない。

 なにより自分がせっかく磨いた空手技を使う機会を減らすことに繋がってしまう。


 長く修練した空手技を生かしつつも、武器防具として有用に働くのは間違いなくトンファーなのだが。

 あいにくと言うか当然と言うか、この店には売っていなかった。


「絵図みたいなもんがあれば、職工に伝えて作れるぞ」

「マジ? でも特注だと高くなるんじゃね?」

「特殊な材質で複雑な形状なら当然高い。そうでないなら妥当な値段になるさ」


 表情に愛想はないが、顧客目線のいい商売をする店だった。


「じゃあこんな感じの木製の武器なんだけど……いけそう?」


 店員に紙と墨筆を渡されたアキラは、トンファーのほぼ原寸大図面を描く。

 アキラはこの世界の字を読み書きできないことを自分でも不便に思っていたが、このときは工場勤めで嫌と言うほど経験した図面作成スキルが身を助けた。


「単純なつくりだな。もうちっとは値の張りそうなものを注文してくれってんだ」


 と言いながらも、店員はアキラの要望を聞き入れてトンファーを近日中に用意すると確約した。


「ありがとう、助かるわ」

「フン、そう思うならさっさと会計を……って、なんだ、ギルドの冒険者か」


 アキラの首から下がっている、冒険者登録証の刻印貝殻を見て店員は言った。


「一割引きだ。注文の品は出来上がったらギルドに届ける」


 ギルドと提携をしている店が街の中にはいくつかあるのだと、アキラは店員との会話で知った。


「なにからなにまでありがとう。またちょくちょく来るよ」

「せいぜい稼いで大金を握りしめてから来てくれよ。桃の木剣はどうだ。軽くて使いやすいし丈夫だ。魔物にも効果てきめんだぞ」


 別の品物もついでに押しつけたがる店員をやんわりといなし、感謝を伝えて店を出たアキラ。


「この店、きっとウィトコさんも気に入って使ってそうだな……」


 根拠はないが、確信に近い思いがあった。


 アキラはその後も喧騒と雑踏の中を歩き、面白そうな店を探し、眺めつづける。

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