20 当ギルドは高待遇、高教育をモットーに運営しています!
夕方を過ぎるとギルドの窓口は業務を終了する。
そうなる前にアキラとウィトコは市内に入り、ギルド支部に戻った。
この日はリズが出勤していて、代わりにナタリーが休みであるようだ。
泥のように疲れて馬を下りたはずのアキラも、リズを視認するなりスキップ気味に受付カウンターへ向かう。
「お帰りなさい、お疲れさまでした!」
花のように顔をほころばせたリズに、むさくるしい冒険者二人は迎えられる。
「俺は講師報酬だけだ。柵はこいつが全部やった」
ウィトコはリズにそれだけ言って、帰って行った。
「わかりました。それで精算しておきます」
あまりに無駄のない動作で、むしろ必要な説明すらしない勢いでウィトコが去った。
この短いやりとりの間、ウィトコはリズと一度も目を合せなかった。
状況がよく掴めないまま置き去りにされたアキラが、リズに尋ねる。
「どゆこと? むしろ、リズさんはあれで、わかるの?」
「ウィトコさんは、ラウツカのギルド専属冒険者の中でも『講師兼冒険者』という契約なんですよ。アキラさんたちのような新人さんに、仕事を教えたりする役割ですね」
「コーチ兼選手ですか」
「はい。冒険に出ることもありますけど、教育や訓練をすることでも報酬が発生します。OJTってご存知ですか?」
オンジョブトレーニング。頭文字をとってOJT。
仕事場で、仕事をしながらの訓練、とでも訳そうか。
アメリカの産業界で生まれた職能訓練方法論の一種で、日本の企業でも取り入れているところは多い。
「言葉だけは。新人に仕事させながら覚えさせる、その教官役に上司や先輩がつく、ってやつだよね」
アキラも日本の一般企業労働者であったため、知識としてそれは知っている。
しかし丁寧に厳格にOJTが進められていた会社で働いていたわけではない。
「ウィトコさんがやってくれているのはそれですね。口は出しても、ほとんど手は貸してくれなかったでしょう?」
「補助的なこととか、結構やってもらってたよ。そもそも馬で送り迎えしてもらってるわけだし」
言われてみると、果樹園の主との打ち合わせや実際の作業開始、終了まで、一通りの仕事の流れをウィトコはアキラにすべて任せていた。
おまけとして乗馬の訓練まで買って出てくれた。
なるほど教えるのがそもそも本職なのかとアキラは合点した。
「作業がアキラさん一人で完結したということであれば、ほぼ全額アキラさんの受け取りになります」
「いいのかな。貰っていいなら堂々と貰うけどさ」
「このお仕事、私は二人か三人で二日近くかかるのかなと思っていたんですけど。アキラさん、一人で終わらせちゃったんですか。凄いですねぇ」
「むちゃくちゃ疲れたけどね。体中の筋肉が、パンパンだぜ」
笑ってアキラと話しながら、リズは皮袋に金貨銀貨を数え入れる。
ちなみに金貨銀貨と一般に呼ばれているが、厳密には違う。
見た目を金銀に似せた合金で作られた貨幣であり、本当の金銀が含有している量はごくわずかだ。
「はい、無駄遣いしないように。それとも借入金の返済にもっと多めに充てますか?」
いかにも重さのある報酬の皮袋を受けとり、アキラは目を白黒させた。
「よくわからんけど、多すぎじゃねこれ!?」
「ウィトコさんに作業報酬は発生していませんし、講師報酬は基本的に大部分がギルドから出ているんですよ」
「それにしても」
「依頼者の方が出してくれた作業報酬も、収穫前の大事な時期だから奮発してくれたんでしょう。大事に使ってくださいね」
講師報酬と作業報酬、魔物が現れた場合の討伐報酬など。
ケースに応じて様々な計算式が存在するようだ。
しかしアキラは細かい数字の計算は頭が混乱しそうなので、説明を聞くのをやめた。
予想外の金銭を不意に手に入れてしまい、少し震えている小心者のアキラであったが。
ふと、素朴な疑問が頭の中で湧いた。
「ルーは講師じゃないの?」
博識であり、ベテランであり、新米の面倒を見るのを厭わない。
ルーレイラこそ、講師というポジションにふさわしいとアキラは思った。
しかしその問いに、リズは目を伏せて首を振った。
「何度私が説得しても、絶対に講師契約に切り替えてくれないんですよ……講師の方が条件や規律が厳しいから、仕方ないんですけどね」
講師契約を結んだ冒険者は、ギルドの近くに住むことを求められる。
この場合はラウツカ市内、城壁より内部ということだ。
ルーレイラは市内と郊外に一軒ずつ家を持っており、本宅と言うべき住処は郊外の物件のほうだった。
市内の家はあくまでも、仮眠所を兼ねた作業場であるとルーレイラ本人は思っている。
そして専属冒険者の場合は、本人が好む好まざるにかかわらず、定期的に新人への教育を行わなければならない。
教育活動に対してもノルマが課せられているのだ。
以上のことからフリーの冒険者よりは専属冒険者のほうが、そして専属冒険者の中でも講師兼冒険者が、自由が圧倒的に少ないと言える。
「確かに自由が減るってだけでルーにとっては鳥肌が出るくらい嫌なのかもね」
「もう少し落ち着いてくれてもいいと思うんですけど」
二人がそんな話をして笑っていたとき、受付カウンターに見知った顔の冒険者が二人、憔悴の有様でやって来た。
「あら、アンタも今終わったの……お疲れ……」
「アキラさんじゃないっスか。俺らとは別の仕事に行ってたんスよね」
初級冒険者仲間の、エルツーとクロである。
しかし、なにやら体中が、臭い。
「お疲れさまです二人とも。無事に見つかりました?」
「ええ、見つけたわよ! むしろ昼前にはもう見つけてたわよ!」
「あいつが下水道の中を全力で逃げ回るから、結局夕方になっちまったッス……」
二人はどうやら、下水道に落ちてしまった犬を探す依頼をこなしたようだった。
市内に住む金持ち商人の大事な飼い犬らしく、報酬自体はそれなりだったが。
「ああもう限界……お風呂入りたい……」
「俺、帰る前に海で水浴びして来るッス……」
体中に沁みこんだ汚れと悪臭を落とすのが、まずなにより先決のようだ。
「楽な仕事なんて、ないんだなあ……」
二人を見て、アキラはしみじみと世の悲哀を憂えた。
「って言うかアンタ、ずいぶん沢山もらってるじゃない。なによそのミチミチに詰まった袋」
「そっスね。俺らが下水道でワンコと追いかけっこしてたってのに、アキラさんはお大臣っスね」
野獣のような眼光と鼻の曲がる匂いを放つ二人に、アキラは目を付けられてしまった。
そのうち片方は獣人であり、むしろワンコ側なのだが。
「じゃ、俺はこれで。お先に」
「待ちなさいよ、同期の同朋」
「アキラさん、苦しいときも楽しいときも、分かち合うのが仲間っス」
アキラは逃げ出した。
しかし回り込まれてしまった。
「俺、きみらよりずいぶん後輩だからね?」
「一番年上じゃないの」
「アニキと呼ばせてもらうっス」
そうしてアキラは、港の横にある大型大衆浴場の入湯料、及びその日の夕食を、二人に奢る羽目になったのであった。
「あ、浴場に行くなら余分な現金はギルドに預けた方がいいですよ。盗まれますから」
リズはそう忠告してくれた。
しかしカツアゲ気味に風呂の代金をタカられていることについては、助け舟を出してはくれなかったのだった。
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