19 新たに技術を習得するのも、冒険には大事なことです!

 ラウツカ北の城壁、そのうちの最も東の門を出てから走り続けること約一時間。

 男二人と馬一頭は山林のふもとにある果樹園に到着した。


「果樹園の主と、話して来い」

「え」

「行け」

「は、はいっ!!」


 アキラはウィトコの妙な迫力に逆らうこともできず、素直に指示に従った。

 怒鳴られたわけでもないのに、やたらと動きが速い。

 ダッシュで果樹園の主が住んでいるであろう家屋に向かう。


 日本の社畜経験者であるアキラは、先輩の指示を実行するときは基本的にダッシュである。

 ダッシュしないと怒鳴られることがある。

 走ると危険だからと言う理由で別の先輩に怒鳴られることもある。

 理不尽極まりない話であった。


「こんにちはー、ギルドの方から来ましたー」

「おお、早かったねえ、助かるよ」

「よろしくお願いします」


 果樹園の主は、背の低い並人の男性であった。


「息子がいるんだけど、放蕩こいててやりたがらなくてさ。親として情けない」

「ははは、気持ちはわかります」

「それで作業のほうなんだけどね……」


 アキラは説明諸々を受けて、さっそく作業に取り掛かる。

 果樹園の一区画をぐるりと囲っている、獣避けの防護柵がところどころ壊れた。

 それを修繕する仕事のようで、ギルドに回ってきた情報と違いはない。


「山から、サルが出る」


 ウィトコは馬に水を与えながら、目の前にそびえる山を見つめている。

 いい眺めだな、どれくらいの高さの山だろう、とアキラは思った。

 少なくとも富士山よりは低いのは確かであった。


「そういうのから果物を守るための柵ですか」

「鹿や猪も出る」

「ここは西丹沢(にしたんざわ)かよ……」


 言われてみると、さっきからアキラたちは木陰の中にいる鹿の群れに、じっと見られていた。

 どうして鹿は人をガン見するのだろうと、アキラは地球にいた頃から疑問に思っている。


 それからアキラは倒れている柵の柱を打ち直し、ずれた横木を縄で結わえ直し、時たまサルに石や小枝を投げられた。

 


「やっぱりアレですかね、あのエテ公どもにも、反撃しない方がいいんですか」

「しないほうがいい。仲間を呼ぶ」


 遠巻きにキーキーと騒ぐサルたちを見て、なんだかアキラはバカにされているような屈辱を感じた。


「クロちゃんがいたら、血管ブチ切れてるだろうな……サルとか嫌いそうだし……」

「だから誘わなかった」

「ぶははっ」


 ウィトコのコメントに、アキラは思わず噴き出した。



 柵を修繕する作業はほぼ、アキラ一人で行っていた。


 朽ちて壊れている木材は新たなものに取り換える。

 ウィトコが馬の背中に木材を積んで、アキラの作業している場所まで適宜移動しているので、その点は助かった。


 ウィトコは左足が少し悪いらしく、時折引きずるようにしている。

 あれでは確かに、大型の木槌を振るって地面に柱を打ち直したりの作業は厳しいだろう。

 そうアキラは思ったし、むしろ自分はこういう仕事が向いていると自覚しているので、気分は悪くない。


 元々の怪我なのだろうか、こちらの世界に来てからの怪我なのだろうか、それをアキラは知らない。


 純粋な肉体労働を日没まで続け、アキラは原っぱに大の字になった。

 休憩を挟みながらとは言え、疲労困憊の極致といった有様である。


「明日の昼には終わるか」


 作業の進み具合を見て、ウィトコがアキラに聞いた。

 黙々と作業を続けたおかげで、この日だけで全体の六、七割ほどは終わっていた。


「おそらく」


 ウィトコにつられてか、それとも疲れからか、アキラの物言いも断片的になっていた。


「前にもこういう仕事をしてたのか」

「肉体労働とか、技術系を」


 アキラは日本にいた頃、神奈川県の工場で働いていた。

 工具を使って機械を修理、分解、メンテナンスすることが業務の大半で、体力も手先も使う仕事だ。

 初歩的な電気工事、電気制御回路の修理や作成もできるが、異世界でアキラは配電盤や電気機器制御盤を見たことは、もちろんない。


「大槌の扱いが上手い。縄の結びも」

「あざっす!」


 ウィトコはほとんど作業に手を出さなかったが、アキラの様子をよく観察していたようである。

 この日も、頭上には満天の星空。

 仕事で褒められたし、いい夢が見られそうだと思っていたアキラに、ウィトコが唐突に聞いた。


「お前の名は、どういう意味だ」

「え?」

「トーヤマ・アキラというのはどういう意味の名前だ。白人の言葉ではないな」

「ああ……」


 白人。

 その言葉をウィトコの口から聞いたときに、アキラは確信した。


 リードガルドに住む者たちは、並人、獣人、エルフ、ドワーフと言う呼び分けをする。

 一方で、白人や黒人と言う言葉を使うことはない。

 並人は肌が黒くても黄色くても白くても、すべて並人と呼ばれていた。


 白人という言葉を使うウィトコは転移者、地球の出身者なのだ。

 リズが前に話していた、ラウツカ市にもう一人だけいる転移者の冒険者こそが、このウィトコなのだ。


 そしてアキラは確信した。

 ウィトコの出自はネイティブ・アメリカン、いわゆるインディアンなのだろうと。


 ギルドについての説明をしている間、リズはあまりウィトコについて、多くをアキラに語らなかった。

 話題にすることを避けているようにすら、アキラには感じた。


 おそらくリズとウィトコは、仕事仲間であると同時に微妙な、複雑な関係なのだ。

 かたや征服者の子孫である白人の女性。

 かたや、まさに征服されていた時代のネイティブ・アメリカンの男性。


 余計な先入観を持たせないために、リズは自分の口でウィトコについてあれこれ言うのを避けたのではないか。


 そうアキラは考え、虚心坦懐で、素直にウィトコの質問に答えた。


「東の山に、暁(あかつき)です」

「日の出か。これ以上はない名だ」

「はい。親には感謝してます」


 話を聞いてなにかしら納得したのか、ウィトコは何度かうなずく。

 そしてアキラに食料と水の入った袋を放り投げる。


「仕事が早く終わったら、馬の乗り方を教える。早く寝ろ」

「あ、ありがとうございます!」


 ウィトコは果樹園の納屋で馬と一緒に寝るつもりらしく、アキラは一人残された。

 寝袋や敷物が残されているので、好きなところで好きなように寝ろという意味だろう。


「ルーともフェイさんとも違うタイプだな……確かにリズさんとはあんまり相性良くないかも」


 とは言うものの、それほどお喋りではない無骨な先輩に対してアキラは居心地の良さを感じていた。

 働く男の世界、元々の自分の日常が少し戻ってきたように思えたからだ。


「言い忘れていたことがある」

「へ?」


 寝支度をしていたアキラのもとに、ウィトコがやって来て、言った。

 なにか仕事上の説教だろうかと、ついついアキラは草原の上に正座してしまった。


「目の前、山の方角が、東だ」

「え、あ、はい」

「朝は、晴れるといいな」


 最高に清々しい気分でアキラは眠って早起きし、朝日が昇るのを待った。



 翌日、柵の修理が終わったアキラは、約束通りウィトコに馬の乗り方を、少しだけ教えてもらうことができた。


「俺が馬を曳く。ただ座ってろ。落ちるな」

「はいっ」


 並足でゆっくりと歩を進める馬の背中の上。

 アキラは落ちないように気を付けながら、馬の体の上下に自分を合せるイメージで手綱を握った。

 馬上から見える一段高い景色に心を躍らせながら。

 緊張しすぎないように、余計な力が入らないように。

 少し余裕が出てきたときに、ウィトコがアキラに語りかける。


「俺の、ウィトコという名前だが」

「馬、ですよね。確かスー族の言葉じゃなかったかな?」


 即座に返答したアキラにウィトコは、二人が出会ってからはじめて、驚いたように目を見開いた。

 馬もその驚きを感じ取ったのか、わずかに足踏みを乱す。


「おっとっと。セーフ」


 アキラはなんとか体勢を立て直し、引き続き馬上の視界と揺れを楽しむ。


「スーの言葉を知っているのか」

「いえ、全然。有名な単語とか出来事を、ちょっと知ってるだけです」


 そうか、と小さく呟いて、ウィトコは馬を曳き続ける。


「俺は、お前の生まれた地を、知らない」

「遠いから、仕方ないです」


 ウィトコのプロフィールを根掘り葉掘り聞きたい欲求が、アキラにはある。

 歴史オタクの一人としてその気持ちはとても強かったが、それは抑えた。


 日本を知らないということは、二十世紀後半以前の時代を生きた人なのだろう。

 そして自分やフェイがそうであるように、きっとウィトコも幸せな最期を遂げていない可能性が高い。


 馬の扱いが巧みなネイティブ・アメリカン、その男性が生きた時代。

 それはアメリカ大陸に白人が進出し、馬と言う生き物をもたらして以降。

 白人と彼らの争いが激化して、土地を奪われて行った時代に他ならないのだ。


 長く付き合っていればお互い話す機会があるかもしれないが、それは今ではないとアキラは思った。


「とりあえず借金早く返して、馬を買えるくらいにはなりてえな……」


 ウィトコから乗馬の指南を受けながら、アキラはささやかではあるが具体的な目標を立てた。

 そうすれば、この口数の少ない先輩とも、もっと打ち解けられるかもしれないと期待して。

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