18 ギルドで働いていると、新しい出会いもありますよ!
明けて翌日。
まだまだ新米冒険者のアキラは、次の仕事を探しにギルドのロビーに朝早くから足を運んでいた。
前日までの疲れがそれほど溜まっていなかったので、借金返済のためにも仕事はできるときにやっておこうと考えたのである。
「言葉は通じるけど、文字は読めねえか。さすが異世界、さっぱりわからん」
壁に貼られている掲示物にアキラは目を通したが、なにが書かれているのかはわからない。
書かれているものがちゃんと法則性を持った文字列であろう、ということがかろうじてわかる程度。
少なくともアキラが今までの人生で目にしたことのない言語表記であることは確かだった。
しかし。
「これ、子音と母音の組み合わせか……? 大きくて角ばった文字が子音で、小さくて丸い文字が母音っぽいな。ギルドで文字って習えるのかな」
使われている文字はアルファベットに似ているのではないか、という仮説だけを自分の中で立てた。
「少なくともリズさんは字の読み書きができるっぽいよなあ……まあいいや。とりあえず今は目先の仕事だ。ゼニを稼がなあかんのや……借金があるんや……」
文字のことは後で考えるとして、受付に仕事の相談をしようとアキラは考えたが。
「あらごきげんよう、異界出身の新人さん。なにか依頼をお探しでして?」
受付カウンターにリズの姿はなく、リズの同僚女性が座っていた。
波打った焦げ茶色の髪を持つ、スレンダーグラマーな女性だ。
涼しげな目元、そして濃いめの紅いリップが白い肌に映えて印象的である。
「おはようございます、ナタリーさん。ところであの、ええと……」
彼女の名はナタリーと言い、リズより少し先輩のギルド職員である。
アキラがはじめての冒険に出る前、準備期間中に彼女から説明を受けたり、新生活の案内をしてもった。
神奈川の海沿いで不幸にも事故に遭ったアキラが、この世界に飛ばされて来たときに、リズと共にギルドでアキラの身柄を保護した当事者の一人でもある。
「リズは今日はお休みでしてよ。わたくしが対応することになって残念ですわね?」
「いえいえめっそうもない。ところでなにか、俺みたいな新入りでもできる仕事はありますかね」
「そうですわねえ」
ナタリーはぺらりぺらりと書類の束をめくり、その中から初級者向けに適した依頼をピックアップする。
「果樹園の防護柵の打ち直し、と言う依頼がありましてよ」
「それイイネ、果樹園って城壁の北にある奴でしょ」
「ええ、山のふもとですわね。見晴らしの良い所ですわ」
青空の下、雄大な山々と果物の香り。
実に爽やかさに満ちたロケーションである。
「他には?」
「下水道に飼い犬が迷い込んだらしく見つからないので探してくれ、と言う依頼がありましてよ」
「下水道キタコレ。犬は好きだけどさ」
などなどいくつか、地味ではあるが堅実な仕事をいくつかアキラは紹介してもらう。
「どんな依頼でも入って来るんだな。総合アウトソーシングだ」
「仕事が切れたりしてしまいましては、ギルドの存在価値は半減ですわ」
「確かにそうだ」
などと感心しながらアキラは説明を聞き、条件を吟味して比較検討していたが。
「果樹園、二人だ」
後ろからぶっきらぼうな口調で割って入ってくる者がいた。
低く、くぐもった男の声だった。
「すみません、邪魔だったかな」
先輩冒険者か、と思ってアキラが一歩脇に避けたとき、その男と目が合った。
黒目黒髪の、革のシャツを着た、陽に焼けた男だった。
「あらウィトコさん、横入りはお行儀が悪くてよ。まあいいですわ。果樹園にお二人ですわね。もう一人の方はどなた?」
ウィトコと呼ばれた冒険者は、アキラを親指で差して、言った。
「こいつだ。例の新人だろう。講師業務だ」
「え? なに?」
いきなり話に巻き込まれて、アキラはひどく混乱した。
「乗れ」
ウィトコと呼ばれた冒険者にろくな説明も受けず、栗毛を持った見事な馬に乗るようにせかされる。
そのまま言葉少なにウィトコは馬を走らせる。
「あ、あのー!?」
「なんだ」
先日のルーレイラが操るのんびり馬車とは、比べ物にもならない高速でウィトコは駿馬を操る。
アキラは振り落とされないように必死でウィトコの背中に捕まり、大声で質問した。
「俺が、果樹園の仕事の助手、ってことでいいんですか!?」
「そうだ」
「お、お誘いありがとうございます! 俺、アキラと言います! 以後よろしく!」
「知っている」
「そ、そうですか!」
全体的に言葉が少ない!
とアキラは激しく不安になったが。
あっと言う間に城門から市外へ出て、牧場や畑が広がる景色を駿馬の背に乗って観るのは。
「最ッ高だなコレ……」
尻や内腿が擦れて痛いのを差っ引いてもなお、そう思った。
風を切る。
馬はひたすら草原を疾駆する。
「う、ウィトコさん!」
「なんだ」
「馬って、高いんですか?」
「安くはない」
「乗るのは難しい!?」
「慣れる」
ああ、こういう職人、川崎の工場にもいたわ、とアキラはなんだか懐かしくなった。
舌も噛むし、あまりしゃべらないでおこう。
アキラはそう思って黙って馬の背に乗り続けた。
晴れた春の陽、鞍上で風を切る感覚、そして男同士の沈黙。
そのどれも、素晴らしく心地がよかった。
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