17 冒険の完遂、お疲れさまでした! 

「お帰りなさい、みなさん。見たところお怪我もないようでなによりです!」


 ギルドの受付で、アキラたちはリズの満面の笑顔に迎えられた。

 椅子からリズが体を起こした瞬間、豊かな双丘がたゆんと揺れた。

 その光景をアキラは決して見逃さなかった。


「……毎日、俺に味噌汁を作ってください」

「はい? ジャパニーズ・ミソ・スープ? 食べたいんですか?」

「ゴメン、忘れて」


 アキラのボケをスルーして、ルーレイラがリズに仕事の終了を報告する。

 その他にもルーレイラは、別の用事がまだギルドにあるようだった。


「ところでリロイはいるかな? 森の中で大型の魔獣が出てね。やっつけたし単体だったからそれほど厄介なことにはならないと思うけれど、一応は報告しておきたい」

「はい、ボスは部屋にいますよ。清算は私の方でやっておきますね」

「よろしく頼むよ。じゃあみんな、受付から報酬を受け取って適当に解散してくれたまえ。お疲れさま!」


 ルーレイラはリズとそう話し、ギルド施設の奥に入って行った。


「さっさとお風呂入りたいから、あたしもう帰るわね。お疲れ」

「俺も仲間のところに戻るっス。金が入ったらメシ奢る約束してたんで」


 エルツーとクロも去り、残ったのはアキラのみ。


「大猪の討伐、今回は報酬外なんですけど、アキラさんたちの討伐経験実績には加算されますから」


 依頼外の戦いで全く一文にもならないと思っていたアキラだが、厳密にはそうではないらしい。

 リズの説明を要約すると、アキラの査定に直結するということである。

 専属冒険者であるアキラはギルドから固定給を貰う身だが、その固定給が上昇するのである。


「それは、ありがてえ。ところでリロイって誰?」


 ルーレイラが会いに行った人物を、アキラはまだ知らない。


「ここのギルド、ラウツカ支部の支部長で私たちのボスです。昨日まで他の街のギルドに出張してたんで、アキラさんはまだ会ったことがありませんでしたね。後で紹介しますよ」


 そう言ってリズはアキラの分の報酬を計算し、皮袋に入った金貨と銀貨を手渡す。

 アキラはギルドに借金している身分なので、いくらかは返済分として天引きされた金額である。


「この世界のお金の相場がいまいちわからんから、これが多いのか少ないのかもわかんねーな……」

「初級冒険者向けのお仕事でも、真面目にこなしていれば無理のないペースで借入分を返済できるようにこちらで計算しています」

「助かります、なにからなにまで」

「いえいえ。不安に思うことがあればいつでも相談してくださいね」


 リズにそう言われて、アキラは一つ思いついたことがあった。


「俺がもともと着てた服とかアクセとか、金に換えられないかな?」


 唐突な申し出に、リズは若干訝しんだ眼で答える。


「……できないことはないと思いますけど、大事なものでしょう? 手放してしまっていいんです?」


 アキラはこの世界に転移して来た際に、鳳凰の刺繍入りのスカジャンやシルバーアクセサリーいくつかを身に着けていた。

 履いていたブーツも丈夫な革製である。

 ラウツカの街で買い手を探せば、おそらくは結構な高額で求める者が見つかるだろうとリズも思う。


 しかし元の世界で愛用していた、最後の品物なのだ。

 手放したり損壊してしまえば、もうそれっきりになってしまう。


「こっちの世界でああいうのを珍しがって欲しがる人がもしもいたら、喜んでもらえるんじゃねえかなって」

「はあ……」

「確かに大事だし愛着はあるけどさ。俺も金が入ってウィンウィンかなとも思うんだよね」

「もう少し、よく考えてみた方がいいと思いますよ。後悔しないように」


 年下のリズにそう戒められて、アキラはバツが悪そうに首の後ろをかいた。


「ま、まあ、最後の手段にと思ったけど。楽に金に換えようって考えはダメだよなあ。ごめん」


 その後も少し仕事の話をして、アキラは帰宅した。



「ってことをアキラさんが言ってたんですけど」


 夜になり、リズはフェイとルーレイラを呼んで、馴染みの店である「眠りの山猫亭」で、ともに夕食の卓を囲んでいる。


「そうか……」


 門衛の仕事が終わって帰宅したばかりのフェイは、少し眠そうだ。


 フェイは四日間、城壁の衛士詰所に寝泊まりして門衛の業務に従事している。

 帰宅後一日は非番扱いでそのあとの二日間が休日、と言うサイクルだ。


 もっともそれは通常時のシフトであり、状況によっては家に帰れない日が続くこともあるし、逆に長期休暇を取る場合もある。


 本日この瞬間、フェイは疲労のピークである。

 しかし可愛い妹分であるリズに呼び出されて、断るという選択肢もなくこの場に来ていた。


「彼の着ていた上着、見事な刺繍だったよねえ。手放すつもりがあるなら僕が買い取ろうかな」

「ルーまでそんなこと言って」


 リズが口を尖らせる。

 元々の世界で身に着けていた物は、転移者にとってかけがえのない最後の宝物とリズは思っている。

 だからリズも自室で大切に保管し手入れを続けており、おいそれと他人の手に渡る、紛失するなんてことは考えたくもなかった。


 しかし、同じく転移者であってもフェイの考えは若干違うようだった。


「アキラどのがまとまった金を必要としたときに、私とルーレイラで彼の私物を預かって金を貸せばいいんじゃないか」


 質屋のように一時的な預け入れという形にすればいいということだ。

 そうすればアキラが品物を取り戻したいと思ったときにも対応できる。

 見ず知らずの者に渡って二度と取り戻せなくなるよりはいいだろうとフェイは思ったのだ。


「それは合理的だね。フェイ冴えてるなあ。眠そうなのに」

「眠くない。眠くないぞ。そうなった場合は鳳凰の刺繍入りの外套は私が預かる。貴殿には渡さん」


 鳳凰は中華の神話に由来する聖獣なので、フェイも親近感を持っていた。


「きみも目をつけていたのか……アキラくんに相談すれば、フェイなら譲ってくれると思うよ?」

「そうだろうかな。こちらから物欲しそうに言うことでもあるまい。手放さないのならそれが一番だ」


 フェイは地球で過ごしていた頃の私物を、一つも所持していない。

 処分したわけではなく、なにひとつとして持たない、身に着けていない状態で、リードガルドに来た。

 しかしその話をリズやルーレイラにしたことは、一度もない。


「そう言うことなら、心配はないかもしれないですね。ところでルー、森の魔物についてボスとどんな話をしました?」


 リズはフェイの案にある程度納得し、話題を変えた。

 今回の冒険でアキラたちが突発的に遭遇してしまった、大猪の魔物について、ルーレイラと話し合う。


「街から離れた村や集落にも、ギルドに情報を提供してくれる協力者が欲しいなあってことを話したよ。専用に雇うのはお金がかかりすぎるだろうけれど」

「そうですね、そんな予算や人手は、さすがに出ないと思います」

「けれども、気が付いたことや注意した方がいい情報を、月に一回くらいの頻度で連絡し合うような仕組みなら現実的だろう。直接行き来できなくても、伝書鳩とかでね」


 姿のまま塩茹でにされたタコを切り刻み、ルーレイラが答える。

 ちなみにリズはタコも苦手である。

 特に姿のまま調理されているものなどは絶対に手を出さないし、なるべく視界にも入れない。


「そういう仕組みがあれば確かに良いですね。ギルドに協力的な村や種族相手じゃないと、成立しにくいかもですけど」


 ギルドの支部もなければ衛士の詰所もないという過疎の村は、各地にどうしても点在している。

 そうした僻地と言っていい場所に、冒険者であれば仕事で赴くこともある。

 土地の情報、そこに現れる魔物の情報などを適宜更新するのは重要なことだった。


「山奥のドワーフやエルフたちは自治意識が強いし、多種族との交流に消極的だからな。貴殿らが今回行ったドワーフの村も、前に衛士が定期的に巡回する案が出ていたんだ。しかしドワーフたちに拒否された」


 半開きの目をこすりながら骨付き羊肉の香草焼きをかじり、フェイが言った。


 ラウツカ市内や城壁の周辺は、街の治安を守るための衛士が日夜勤務に励んでいる。

 しかし郊外や山奥になればなるほどその目は行き届かなくなる。


 ラウツカの街があるキンキー公国は、そう言った僻地に暮らす少数種族の自治、自立を尊重した政治形態をとっている。

 定められた税を納めて国や地域ごとの法規を守る限りは、コミュニティの運営に公権力が干渉することは少ない。

 国や街と言った大きな公権力が、強引に彼らの住む小さな独自の共同体の中に衛士を駐在させたり政庁を建てるのが難しいと言う事情があるのだ。


「ところでフェイさん、お肉ばかりでなく野菜もちゃんと食べましょうね」

「食べてるよ。食べてるさ」

「いっぱい残してるじゃないですか」


 フェイの皿は肉ばかりが減っていき、青いものばかり残っている。


「毛虫じゃあるまいし、そんなに草ばっかり食べられないよ、おばあちゃん……」


 寝ぼけていて、とうとうリズをおばあちゃんと呼び間違える始末であった。

 これでもフェイはリズの姉役を自任している。

 しっかり者で真面目な、立派なお姉ちゃんのつもりなのである。


「ぷくくくく……ひぃひぃ、お、お腹が……」


 ルーレイラがその光景を見て涙が滲むほど笑った。

 おばあちゃん呼ばわりされて、リズは眉をひそめて溜息をついた。

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