16 帰り道も、どうかご安全に!

 二日目も作業は続く。


 いくつかの樽は大猪との遭遇で壊れて修復不能になった。

 それでもルーレイラが満足する程度に一行は樹液を集め終わった。


 夕方前に樹液集めの機材、道具を撤収し、一行は森林ドワーフの村の空家を借りて寝宿にすることにした。

 もちろん無償ではなく、村人に金銭を払っている。


「樹液の採集は終わったけれど、気を抜かないように! 家に帰るまでが冒険だからね!」


 などと言いつつ、ルーレイラは部屋の中で酒を飲み、勝手に一人でご機嫌になって眠ってしまった。

 アキラ、エルツー、クロの新人三人衆はまだ起きている。

 みんな疲れた顔をしているが、仕事を無事にやり遂げた達成感から、揃って笑った。


「アンタが真面目に頑張るから、あたしまで手抜きできなかったじゃないの。次に組むことがあったら、もう少しダラダラやってよね」

「俺もまたこの三人で一緒に仕事したいっス! そのときはよろしくっス!」


 エルツーとクロに言われて、アキラも笑顔でサムズアップした。


「ああ、ギルドの受付で、また良さそうな仕事を探してみようぜ」


 しかし、そう言った直後。


「ちょっと、なんでアンタ泣いてるのよ、いきなり」


 エルツーに指摘され、アキラは自分の両目から涙がぽたぽたと落ちているのに気付いた。


「……あれ? な、なんだろな、別に痛くもなんともねえのに」


 はじめての冒険、はじめての仕事、そしてはじめての戦闘。

 林の隅で浄化され朽ちて行く、大猪の屍への思い。

 ずっと張りつめていたアキラの心の糸が、ここではじめてゆるんで解けたのだ。


「いや、ほんと、みんな無事で良かったよ……どうなるかって実は不安だったからさあ……」

「そ、そんなおっきい図体してメソメソ泣いてるんじゃないわよ全く。大丈夫よ、誰も怪我なんてしてないし、ルーレイラも報酬は満額くれるって言ってたし」

「そうっスよ、きっと次だって大丈夫っス。イノシシのバケモンに向かってったときのアキラさん、カッコよくて頼もしかったっスよ!」

「うん、ありがとう……二人とも、ありがとう……」


 二人になだめられ、それでもしばらくアキラの涙は止まらなかった。


 

 予定通り森の中で二泊して三日目、彼らは今回の冒険を終えてラウツカの街に戻った。

 朝早くに出発したおかげで、まだ昼前にラウツカの誇る北城壁まで到着することができた。


 戻るときに通った城門にフェイはいないようだ、


 城門の外では、衛士隊員の何人かが武術訓練をしている様子が見えた。

 二人一組で片方は棒状の武器を持ち、もう片方は素手で戦う試合形式の訓練のようだ。

 何度か打ち合いを繰り返し、武器をもつ者が交代している。


「俺も鍛え直さないとなあ……」


 魔王を倒すことは、誰にもできないらしい。

 それでも冒険者として、自分もなにかできることがあるらしいぞ、とアキラは思った。

 同時に、まだまだ足りない部分もたくさんある、と。


「無理や無茶はしないようにね。大怪我をしない、大病にかからない、そして、死なない。それがいい仕事の基本だよ」


 ルーレイラの言うことは至極もっともであった。

 とりあえずは無事に仕事の終了を知らせて、笑顔の愛らしい受付嬢を安心させたい。

 そうアキラは思いながら、城門をくぐりラウツカの市内に帰還した。



「全員、無事に戻ったか……」


 城壁の上に、フェイが立っている。

 眼下の隊員たちの訓練を眺めながら周囲一帯を警戒していたフェイは、アキラたちの帰還を確認して安堵し、そう呟いた。


「お知り合いの、冒険者ですか?」


 フェイの横にいる部下の衛士が質問する。

 同じ隊の仲間である、並人(ノーマ)の男性だ。


「ああ、一人は今回が初めての冒険でな。心配していたが、元気そうだ」

「それはなによりです。行って声をかけられては?」


 部下の提案に、フェイは軽く首を振った。


「仕事中だ。あとでも会えるさ」

「確かに。隊長は明日、非番でしたね」

「うむ。それよりどうだ、最近稽古不足じゃないか? 相手をしようか?」

「おっと、城壁の補修の件で業者と話す予定があったのでした、失礼」


 そそくさと逃げる部下の背中を見て、フェイは口をへの字に曲げてため息をついた。


 一人になったフェイは、それからもしばらく隊員たちの訓練を眺めていたが。


「ろーきっく、は、確かこう、蹴り足を斜めに打ち下ろすように、だったな……」


 青空の下、アキラとの組手を思い出しながら、自分も体を動かし始める。


 フェイはそれからしばらく城門を行き交う人々を眺めながら、一人稽古に励んだのだった。 


 ラウツカ市を守る城壁の上。

 街の守護神、北門衛士一番隊隊長のウォン・シャンフェイが立っている。


 彼女の蹴りが空気を切り裂く。

 春の澄んだ空気の中、その音がしばらくの間、鳴り続けた。

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