15 まだお仕事は続きます、だらけちゃダメですよ?
夜の山奥、木々の間。
ルーレイラの、魔王についての話は続く。
「僕たちの住む大陸のもっと向こう、いくつもの海と山を越えた先に、悪魔の首領である魔王がいるんだ。
そいつは、僕らの社会が生み出す悪意や絶望と言った『負の感情』が大好物でね。
このリードガルドのいたるところに見えない糸を張り巡らせて、そう言う感情を察知し、吸い取って集めているのさ。
奴らにとってのエサ、食料、活力の源になるんだろうね。
リズに言わせると、エネルギーとか……カロリーとか言ったかな、生きるための熱、と。
だから魔王をはじめとした悪魔たちは、僕らの社会が憎しみや悲しみでいっぱいになってくれた方が嬉しいわけさ。
その方が、連中にとっては腹を満たせるわけだからね。
だから見えない糸を介していろんな生き物に憑りついて、瘴気を注ぎ込むことで自分たち悪魔の操り人形にしようとするんだ。
操られた生き物は、怨鬼やさっき会った大猪のように魔物になってしまって、僕らの命を脅かし、僕らの社会を破壊しようとする。
そうすることで悲しみや憎しみ、怒りや絶望といった悪い感情が僕らの世界で膨れ上がるからね。
だから冒険者や街の衛士、国の軍隊は、被害を未然に防いだり、最小限にとどめたりするために魔物を討伐するんだよ。
魔物を倒すこと自体は、利益を生む行為じゃないんだ。
さっきの大猪もそうだけれど、倒したからと言って、なにか特別な成果物があるわけじゃない。
けれど魔物を野放しにしていたら、みんなが被害を受けて、村や町や、国が滅びてしまう。
絶望と怨嗟が際限なく増幅し増大して、魔王が力を蓄えて、さらに魔物が増えることになる。
どこかで誰かが止めなければならないんだ。
やりがいがあるのかないのか、まったく難義な商売だよ」
これも仮説だけれどね、と自信なさげに言って、ルーレイラは焚火の炭をかき混ぜる。
魔王は、この世界に存在している。
意志と目的を持って、こちらの社会に害を加えている。
その話をルーレイラからハッキリと聞かされ、アキラは強烈な悪寒を覚えた。
「そ、その魔王って、倒しちゃったりできないもんなの……? フェイさんみたいな強い人が、束になって挑んで、ルーみたいな優秀な魔法使いがサポートして、とかさ……」
「難しいんじゃないかなあ。少なくとも僕が生きている間は無理だろうねえ。アキラくんのいた世界で、一番強いのはどんな国だった?」
ルーレイラの質問にアキラはノータイムで即答した。
「アメリカだな、リズさんの故郷だよ。兵隊の質でも兵器の量や性能でも断トツだ。国の資源も豊富だし、なにより同盟国や海外基地が世界中にある。アメリカと真っ向から喧嘩して勝てる国は、地球にはない」
アメリカもベトナムへの派兵などで失敗した軍事作戦がないわけではない。
しかしベトナム戦争でアメリカの本土が攻撃され、領地を奪われたということもない。
国家の存亡を賭けた本気の全面戦争でアメリカに勝てる国はない、というのがアキラの見解だった。
「リズの故郷の自慢話は本当だったのか……そんなバカげた国、あるわけがないと思っていたのだけれど」
ルーレイラが小声でつぶやいた内容に、アキラは思わず失笑した。
「まあでも、例えるならそういうことだよ。そんな国に僕らが戦争を仕掛けて、勝てるという計算はできないだろう? まずどの国もやりたがらないさ。矢面に立ったら自分の国が亡びることが、わかりきってるからね」
地球に置き換えて考え、アキラもある程度それを理解した。
リードガルドにも多くの国があり、多種多様な者たちが暮らしているのだ。
すべての国、種族が一枚岩となって魔王の軍勢に戦争を仕掛けるというような状況は、まず生まれないのだろう。
「じゃあ歯が立たないまんま、黙って受け入れるしかないってこと?」
「そんなわけはないさ。魔の支配に落ちないように抵抗して自衛することはできる。現にそうして国も街も発展していってるんだ」
「良かった、今いま滅びるわけじゃないんだね」
なんのめぼしい特技も超能力もない自分が、魔王に滅ぼされる危機が目の前にある世界に飛ばされたら、秒でゲームオーバーである。
そうアキラは思っていたので、ルーレイラの言葉に安心した。
「滅びはしないさ。負の感情が魔王の栄養分なら、反対に喜びや楽しみと言った正の感情は魔王にとって毒薬になるんだ。たとえばねえ」
うーん、と少しルーレイラは考えて、こんな話を出した。
「アキラくん、小さい頃に周りからいじめられたりしたかい?」
「ええ? からかったりからかわれたり、多少は喧嘩もしたけど、明確なイジメってのはなかったかな」
アキラは決して程度のいい生まれ育ちのお坊ちゃんではない。
それでも適度に良い子で適度に悪い子で、ごく普通の少年時代を過ごして育った。
極端に大きな幸せもなかったが、人生を悲観するほどの大きな不幸に遭ったという過去もない。
「それは幸運だったね。でも仮にいじめられていたら、どう思うだろう?」
アキラはそれを想像する。
多少のふざけ合いではないレベルで、執拗に周りの人間たちから、多対一で苛まれる自分を。
「周りが、憎くなっちゃうよね。なんで俺が、ってさ……」
「そう、その感情が、魔王にとっての甘い蜜なのさ」
言われてアキラは身震いする。
自分にその過去は幸運にもなかった。
しかしその気持ちを味わっている者は、この世界にきっと今こうしている間にも、ごまんといるはずだ。
でもね、とルーレイラは別の切り口で話を進めた。
「きみが毎日いじめられている、苦しい、哀しい、死にたい、そう思っているとき、ある友人が颯爽ときみを助けてくれたら、どうだろう」
「そりゃあ……泣くほど嬉しいに決まってるさ。生きてて良かったって、そいつと友だちでよかったって、心の底から思うんじゃないかな」
「うんうん。僕でもそうだろうね。そしてそれが、魔王にとっては毒のように苦い味わいなのさ」
ルーレイラの話は分かりやすかった。
アキラも、妙に納得している自分に驚く。
魔王とは、魔とはそういう「モノ」なのだと、このときはっきりわかった気がした。
「社会が楽しみや祝福と言った明るいことで満たされていれば、それだけ『魔が差す』機会も減るってことだよ」
ぽい、と焚火に枯枝を放り込んで、ルーレイラはこの話題を切り上げた。
「そろそろ寝ようか。見張りの交代だ。明日も引き続き、樹液を集めるからね。寝不足で働きが悪くなられると困るよ?」
「かしこまりました、ルー閣下」
普段おちゃらけていても、仕事に関してはタイトな一面を持っているルーレイラを、アキラは面白く、そして頼もしく感じるようになった。
良い先輩を持ったと、心の底から思った。
「今日は星が綺麗だから、たっぷり見てから眠るといい。美しい星空を見た夜は、良い夢が見られるよ。僕の田舎の言い伝えだ」
そう促されてアキラは星空を見上げた。
遠いどこかに魔王がいて、今この時この瞬間も、世界中に見えない糸を張り巡らせている。
自分たちの心が絶望に満ちて闇に染まったとき、そいつらは容赦なく、心の隙間に入り込んでくるのだ。
「立ち向かうための一番の武器は、一人一人の希望か」
暗闇の中に、転々と光る星々を見てアキラは呟いた。
次の日を明るく元気に過ごすために、アキラも寝ることにした。
アキラはその夜、リズと裸で楽しいことをする夢を見た。
ロケーションはなぜか温泉であった。
リズの白い肌が紅潮して、湯に濡れている光景はアキラの脳内に永久保存された。
赤エルフの言い伝えハンパねえ、と目覚めてから心底驚いたのは言うまでもない。
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