13 初めての実戦、どうかご無事で!!
周囲の異変に気付いたクロは警戒態勢を取り、グルルルルと唸って、言った。
「イノシシどもが散り散りになって逃げたッス。こっちが風上っスから匂いはわかりにくいっスけど。遠くでなんか、変な足音聞こえるっスね」
狼系獣人のクロはノーマと呼ばれる並の人族やエルフに比べ、はるかに鋭敏な嗅覚や聴覚を持っている。
そのクロが、危険を告げていた。
「きみたちの中で、石投げなんかの投擲が得意な者は?」
険しい表情で発せられたルーレイラの質問に、クロもエルツーも黙って首を振る。
「おぅ、なんたることだ。僕も石投げとかは下手糞なんだよなあ。アキラくん、きみに任せる」
アキラはルーレイラから、丸い陶器製の容器を受け取る。
鶏の卵より一回り大きいくらいの容器で、中になにか詰められているような重さを感じた。
「なにこれ?」
「魔除け球だよ。魔物が嫌う類の物質を粉末にして混ぜて、中に入れてるんだ」
刺激パウダーボールであった。
「もし厄介な奴が出てきたら、そいつを投げてぶつけてくれ。一回こっきりの使い捨てだから失敗しないようにめ! 割と作るのが面倒なんだよ!」
「見た目、陶製手榴弾に似てるな……」
陶製手榴弾と言うのは、旧日本軍が陶器の中に爆薬を詰めた手投げ兵器である。
歴オタのアキラはミリタリーの物販イベントなどで、旧日本軍が使ったアイテムをたまに買って集めることがあった。
そのため陶器で作られた手榴弾についても知っていたのであった。
ずしん、ずしん、と森の奥から鈍く低い、大きな音が近づいてくる。
体の大きな「何者か」が彼らの作業場に近づいてきているのは明白だった。
「はあ、めんどくさ。ちょっとクロ、あとアキラって言ったっけ、無駄に体が大きいお兄さん」
エルツーに呼ばれ、クロとアキラが振り向く。
「あたしの前に立ちなさい。あたしやルーレイラを二人で守る感じでね」
自分の前にアキラとクロを立た。
アキラの肩に自分の左手を、クロの肩に自分の右手をエルツーは乗せて、目を閉じた。
「な、なんだ? まあ小っちゃい女の子を守るのはお兄さんの役目だからな。安心してていいぞ。俺になにができるのかは知らんけど」
「うるさい黙ってて。あと小っちゃくないし。標準だし。周りが無駄に大きいだけだし」
エルツーに手を添えられた部分が、やけに熱く感じる。
『大地に、空に満ちる精霊さま。どうかこの者たちにお力を。深くお願い申し上げます』
エルツーが簡単な詠唱を行うと、ほのかな光にアキラとクロの体が包まれる。
「キタキタ、来たッスよぉ~~~!」
「な、なんだ……? 体が熱く……」
アキラは自分の体が熱を持ち、自分自身の血液の流れすら感じとれるような鋭敏な感覚を得ていた。
しかし不愉快さはなく、気分が高揚して全身に力がみなぎっていくのを感じる。
「ちゃんと効いたみたいね。じゃあとヨロシク」
エルツーがアキラとクロにかけたのは肉体強化、運動能力向上、そして精神高揚の効果がある魔法。
天地に満ちる精霊の力を借り受け、他者の力を一時的に、限界以上に引き上げる魔法をエルツーは行使することができるのだ。
しかも今のは、かなりの手抜きバージョンである。
手抜きの魔法で、それだけ効果があるのだ。
「かなわないと思ったら、ドワーフの村まで一目散に逃げるからね! この場は相手が何者なのか可能な限り見極めよう!」
そう言ってルーレイラは手持ち道具の中から、赤い色のガラス板のようなものを取り出した。
それを片目に当てて、周囲を透かし見る。
四人の視線の先に、木々の間から黒い大きな影が現れた。
「ぶぎゅるるるる、ぶひゅー!!」
「イノシシの、親玉ッスか!?」
体高にして2m近くはあろうかと言う、赤黒い毛並を持った片目の潰れた大猪だ。
四足歩行の獣でありながら、身長180cmに近いアキラと目線がほぼ同じである。
鈍い眼光に睨まれたアキラは膀胱が縮み上がる感覚を覚えた。
大猪の体表、ところどころには創傷があり、血が滴っている。
背中には何本か、矢まで刺さっていた。
「熊じゃないけどデカすぎじゃね!? これほぼ熊じゃね!?」
少なくともハチミツ舐めて昼寝してそうな熊よりは危険な物体だろうとアキラは思う。
「手負いの猪だろうけれど、完全に魔獣化している! あの木こりドワーフのクソジジイ、狩りに失敗した獲物を手負いのまま森に放置しやがったな!?」
「祟り神かよ」
いつもにこやかなルーレイラが、このときは口汚い言葉を使ってドワーフたちの不始末を罵る光景にアキラは驚いた。
「狩人への恨みが肥大化して、それが魔と結びついてあんな化物になっちまったんだ!! しっかり仕留めとけやクソッたれの髭デブども!!」
表情も歪んでおり、かなり頭に血が上っているようだ。
やっぱりドワーフとエルフって仲悪いのかな、とアキラはこの期に及んでのんきな感想を抱いた。
「ここで仕留めるよみんな! 依頼にない討伐なんて正直まったくゴメンこうむりたいけれど、こいつがドワーフの村に行かれたら面倒だ! せいぜいたっぷりと村の連中に恩を売ってやろうじゃないか!!」
どうやらルーレイラは本気で怒っており、本気で危機的状況を感じているらしいとアキラも判断する。
自分も気を引き締めてかからねばならないと気合を入れ、魔除け球の狙いを定める。
「さぞ名のある山の主と見受けるが静まりたまえ! なぜそのように荒ぶるのか!」
どこかで聞いたようなセリフと共に、大猪の頭部めがけてアキラは魔除け球を投げつけた。
「ぐひゅッ!?」
猪の鼻先に陶器製の容器がちょうど当たり、容器が割れて中からなにやら粉末の類が辺りに飛散した。
「ぶるる、ぐひぅ~~~ん!」
猪は嫌がっている。効果は抜群だ。
「あら、上手いじゃない。よく当てたわね」
エルツーは感心しながらそう言って、小型のボウガンのような武器で大猪の目玉、眉間辺りを狙って攻撃した。
魔除けの刺激パウダーと、ボウガンの攻撃で視界を妨げられた大猪は、方向を見失い暴走する。
当然、シシカバの樹にも猛烈な勢いでぶつかっており、ルーレイラにとって重要な樹液も被害を受ける。
「ああ、せっかく樹液を集めた樽がぁ~~! くっそぉ木こりジジイどもに賠償を請求してやる!! 絶対にだ!!」
「ルー、気持ちはわかるけど落ち着こうか」
「こんな魔物が出るなんて聞いてないぞ!! まあいいや、はい、アキラくんの棍棒。用意しておいて良かったね?」
先端が太くごつごつした、木製の棍棒をルーレイラから手渡されるアキラ。
先日買ったばかりの、アキラの数少ない武器の一つだ。
「殴れと?」
「上手く足を負傷させれば、動きを止められるんじゃないかな。鉈で攻撃してもらってもいいけど、壊さないでね」
「はあ……」
鉈と棍棒の二刀流。無骨過ぎである。
かっこよさのパラメータが上昇しないのは確実。
「グルグルルルルル……ガァーーーウッ!!!」
暴れ続ける猪に、狂声と共にクロが向かって行く。
「やるしかねえか……どっせい!」
アキラもそれに続いて走り、猪の右前脚を棍棒で力いっぱい殴りつける。
手ごたえ、あり。
ついでに反対の手に持った鉈でしたたかに猪の同じ足を攻撃する。
「ピギィーーーッ!!」
しかし、痛みに堪え切れずに暴れた猪の頭突きを、アキラはまともに喰らってしまった。
「おっぶっちっ!!!」
両腕で防御したもののその衝撃は凄まじく、体格の良いアキラですら吹っ飛ばされる。
ゴロゴロと勢いよく地面を転がり、樺の樹に体を強烈に衝突させて止まった。
「グアーーーーウッ!!!」
その間にクロは猪の「足の腱」辺りに思い切り噛みついた。
ブチブチブチィ!! という嫌な音が鳴り、猪の左後ろ脚の腱が、クロによって噛み千切られた。
べっ、と食いちぎった肉片を地面に吐き捨て、クロはフーッ、フーッ、と興奮しながら息を吐く。
「プギィィィィーーーーーッ!」
悲鳴と共に猪はその場に倒れる。
二本の足を損壊され、もう立って走り回ることはできないだろう。
「ちょっとアンタ、大丈夫!?」
ぶっ飛ばされたアキラのもとにエルツーが駆け寄る。
アキラは全身が興奮と恐怖と衝撃でわなわなと震えてはいる、が。
「だだだ、大丈夫だ。問題ない」
身体的なダメージは、それほどでもなかった。
これがエルツーの魔法の効能なのかと思い、アキラは秒で尊敬した。
終始やる気がなさそうな、痩せちびロリ赤茶髪ぺったん子だとしか思っていなかったのに。
「すげえ、これ入院コースだわって思ったけど、立って歩ける!! ロリっ子の魔法スゲエマジで!!」
大きな怪我もなく立ち上がった自分に驚き、その原因であろう強化魔法の主であるエルツーを褒め称えるアキラ。
「誰よロリっ子って……って言うか、アンタにあたしの姓名なんてちゃんと教えたかしら?」
「え、いや、エルツーってのは本名じゃないんか。あだ名か」
いまいち掴み切れないことをエルツーから言われ、アキラが戸惑う。
「あたしの名前、ロリータ・ラブシックって言うの。頭文字を取ってエルツーってみんなには呼ばれてるわ」
「メリージェーンをエムジェーと呼ぶようなもんだな」
「誰それ? まあどっちで呼んだって構わないけど、ロリっ子って呼ぶのはやめて。なぜか無性に腹が立つわ」
エルツーの本名にやや引っかかる部分は、ある。
この世界はアルファベットや英語表現を当たり前に採用しているのか? と。
しかしそこは今この時点で追いかける課題ではないと思い、ひとまず脇に置くことにした。
落ち着いたアキラの手を取ってルーレイラが引き起こし、にこやかに言う。
「猪は額、眉間のあたりが急所だよ。とりあえず死ぬまで殴りつけくれたまえ」
「はあ……」
「俺もやるっスよ!」
クロは鉈で、アキラは棍棒で。
二人は起き上がれなくなった巨大猪の眉間に執拗に打撃を加え、とどめを刺した。
怨鬼を殴り殺したときほど、心に衝撃がないことをアキラは不思議に思った。
エルツーにかけられた魔法の効果だろうか。
本格的な戦闘に、興奮しているからということも。
「ご苦労さま。無事に残った樽は……いくつかあるかあ。ちょっと直せば使えそうなのもあるかな」
「悔しいっス、苦労して集めたのに」
一番サボっていたクロが、一番悔しがっていた。
「お疲れのところ悪いけど、みんな手伝ってくれ。樽を整理して仕切り直しだよ」
肩を落として力なくルーレイラは言った。
「いいけど、猪の死体はどうすんの? 食わないの?」
「ええ? 魔獣の死体を、かい? ああそうか、アキラくんは、知らないか……」
ルーレイラは横たわる猪を指差して、アキラに説明する。
「悪魔に魅入られた生き物はね、全身を『瘴気』と呼ばれる、悪い力に侵されてるんだ。だから今は肉も血も食べることはできないのだよ。簡単に言うと毒だね」
「うわ、もったいねえ。腐ってもいないのに。悪魔ども、ろくなことしやがらねえな!?」
巨大な猪を折角狩ったのに、食べられない。
食い意地の張った日本人男子として、それがいかほどの絶望であることか!
「殺して放置しておけば大地の精霊たちが『瘴気』を浄化して、ただの屍に変えてくれるよ。まあそこから普通に、腐れるのだけれど」
「じゃあ、異臭とかするし、結局片付けた方がいいのでは」
「そんな面倒なこと、ドワーフの連中がやればいいんだ! あんなデカブツ猪の処理なんて、僕は知らない! 頼まれたってやらないからな! どのみち僕らは明後日には帰る! 臭かろうがなにかろうが、知ったことじゃないよ!!」
ルーレイラはまだ怒りが収まっていないようだった。
あの肉で何日食いつなげるだろうかと思うと、借金生活のアキラはとてもやるせない気持ちになった。
モンスターを倒せばゴールドがじゃらじゃら、というわけにはいかないのだ。
「とまあ、みっともなく怒り狂ってしまったのだけれど、肉が腐っても骨や毛皮は他に利用価値がある。あと、特定の魔物の血や肉は、毒が転じて薬になる場合があるかな」
「今回はしないの?」
「猪の魔獣なんて、別に希少価値もないからね。珍しい薬ができるわけじゃない。手間をかけるだけ損だ。あと、魔物由来の薬は副作用が強いからね。僕はあまり好きじゃない」
「毒を薬にするってことは、副作用とかあるよね確かに」
納得のいく話だとアキラは合点した。
まったく、割に合わない、とぶつぶつ言いながら、ルーレイラは樹液採集の作業に戻った。
「魔物を頑張って苦労して倒しても、それだけでお金が手に入るわけじゃないんだなあ……」
「経験は手に入るよ。目には見えないけれど、それだってかけがえのない財産さ」
アキラの吐露に、ルーレイラが優しく答えた。
すっかり機嫌は治ったようで、オンオフの差が激しい。
その後も、みんなで頑張って樹液を集めた。
クロはやはり途中から飽きはじめたようであったが。
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