11 冒険の成功を、街の方々も願っていますよ!
城門を前にし、さあ冒険の始まりだと気合を入れたアキラ。
彼らの一行を、門番をしている女性が呼び止めた。
城門警備の務めにあたっていた、フェイである。
「え、フェイさん!?」
「うむ。元気そうでなにより、冒険者のかた。ところで質問に答えていただきたい。予定の日数は?」
姿勢を正し、真っ直ぐな目でこちらを見て質問してくるフェイ。
驚くアキラをよそに、ルーレイラが答えた。
「二泊三日の予定だよ。明後日の閉門までには帰ってくるつもりだ」
「了解した。道中の経路図があるなら出していただけるかな」
おそらくは仕事上の態度や言葉遣いなのだろうが、最初に会った日とフェイの雰囲気が若干違う。
門番をしているときのフェイは、常に穏やかな、言ってみれば他人行儀な笑顔を保っている。
営業スマイルのような印象をアキラは受け、少し背中がむず痒くなるのを覚えた。
ルーレイラがフェイに地図を見せる。
今回の仕事で行く目的地と、その経路を記した簡単な図だった。
フェイは仕事用の制服である無骨な革ジャケットのポケットから、赤いクレヨン状の細ペンを取り出す。
そしてなにやらの記号をちょんちょんと書き込んだ。
「経路上、最寄りの衛士詰所がある場所に印をつけておいた。なにか問題が起こった場合は、慌てず、焦らず、冷静に衛士詰所までご連絡いただきたい」
「はいよー。ご丁寧にありがとうー」
「お疲れさま、フェイねえ」
ルーレイラとエルツーが気軽にフェイに手を振って門を通る。
衛士詰所と言うのはいわば交番や駐在所であり、ラウツカ市内はもちろん、郊外や山の中にも点在しているのだ。
「ご協力に感謝する。それでは、道中お気をつけて!」
「頑張ります。フェイさんもお仕事頑張って」
「行って来るッス!」
アキラとクロもそれに続いて城門から市外に出たが。
「マジでそのまんま、門番なんですね、フェイさんって……」
「そうだって何度も話題に出たよね!? 理解していなかったのかい!?」
アキラの素直な感想に、ルーレイラが呆れた。
「いや、あんな地味な仕事をしているお役人さんだとは思わなかったんで……」
「地味とか言っちゃいけないよ。悪い奴が出入りしないかどうかちゃんと見てくれている。大事な仕事だ」
「そ、そうだな。立派だよ、マジで」
「しかしフェイが今日の朝にこの中央門で検問しているとは知らなかったな。言ってくれればいいものを」
ラウツカ北部の城壁には、中央門を含めて大小七つの出入り口がある。
フェイと彼女が指揮する一番隊は、まったく誰にも知らせることなく、どの入り口を見張るか、見張りする門を変えるかを、自由裁量で決めて行動する権限が与えられている。
ラウツカ市を出入りしようとする悪党たちは、いつ、どの門で「泣く子も黙る一番隊」が検問しているのかを、事前に知ることができないのだ。
今回、一行はたまたまフェイに挨拶代りの検問を受けた。
しかし往来するすべての通行人を衛士は検問、職務質問しているわけではない。
本来は抜き打ち、ランダムで検問しており、怪しい者がいるときだけ詳しく質問したりしているのだ。
「フェイねえが隊長になってから、ラウツカの市内で起きる物盗りとか殺しの犯罪は大幅に減ったのよ。アンタそんなことも知らないの?」
お隣に住む顔なじみお姉さんの偉業を、エルツーが自分のことのように偉そうにアキラに語る。
「いや俺、この街に来たばっかりだし。でもほんとに、真面目に頑張ってるんだな」
「あれだけの人なら、もっと大きい街で隊長とか、衛士長とかやれるんじゃねえのかって、俺らの仲間はみんな言ってるっスけどね」
クロの所属する獣人たちのコミュニティでも、フェイの評判はストップ高であるらしい。
衛士長というのは文字通り、街や地域単位の、現場で働く衛士のトップである。
現在のフェイは十人の小隊長という地位なので、日本の大手企業や公務員的に言えば主査や係長相当と言ったところだろう。
対して衛士長などの階級になれば、部下の数は五百人、あるいは千人規模と言うこともありうる。
大企業でも部課長クラスであり、中小企業なら社長や経営者に匹敵する。
「適材適所ってやつさ。フェイは現場が似合ってるし、本人も現場から離れるつもりはないだろう」
「似合ってはいるねえ、確かに」
「むしろその方が良いまであるよ。優秀な戦士が優秀な将軍とは限らないからねえ」
ルーレイラの解釈を受け止めながらもアキラはぼんやりと妄想した。
精強な大軍を教練し、指揮して叱咤激励するフェイの姿。
それもそれで、素晴らしく似合うのではと。
市街城壁の外に初めて出たアキラは、当然のごとく緊張していた。
城門付近で荷馬車を予約レンタルしていたので、これからの移動は馬車である。
御者はルーレイラで、話し相手として隣にクロが座っていた。
アキラとエルツーは、荷車に座って周囲を警戒している。
荷台には空っぽの木の樽がいくつか積まれている。
加えて仕事に必要な雑貨、小道具を詰めた皮袋も乗せられている。
そのため狭く、居心地は良くない。
「外側は魔物とかが出やすいんだよな……?」
「市街地に比べたら、そりゃ出やすいわよ」
アキラの不安げな質問にそう答えたエルツー含め、他の面々は特に緊張していないようだ。
「もし出たら、どうするんだ?」
「倒すか、逃げるか、衛士に連絡すればいいんじゃないの?」
アキラの不安にエルツーがつまらなさそうに回答し、そこにルーレイラが同調する。
「その通りだ。実質その三つしか選択肢はないと言えるね!」
戦闘が得意でないと話していたルーレイラでさえ、そう言ってケラケラ笑っている。
「小物ならどうにでもなるっスよ。魔物よりも今は馬車の事故の方が正直怖いっスね……」
クロは愉快に笑いながら馬に鞭を入れるルーレイラを見て、正直な思いを述べた。
尻尾が縮こまっている。本当に不安なのだろう。
ともあれ、彼らは交通事故もなく、魔物との遭遇もなく、無事に目的地の山中に到着した。
朝早くに出発し、到達に昼過ぎまでたっぷりかかった。
緩やかな速度の馬車、途中で小休止を挟んでそれだけの時間がかかるということは。
距離にしてだいたい40から60km前後だろうか、とアキラは思った。
道中で穏やかな景色の牧場や農場を横目に見て、関東首都圏の生まれ育ちであるアキラは、若干テンションが上がった。
田舎の景色にある種の憧れを持っている若者なのだ。
だからこそ休日にバイクで小旅行をして事故に遭い、このリードガルドと言う世界に飛ばされたのではあるが。
山の中を進むと、小規模な集落があった。
木造の家屋を中心に何軒かの家や倉庫、納屋のようなものを作っている、本当に小さい集落だ。
アキラは見える範囲の建物の全戸数を数えたが30もない。
その建物のうち半数ほどは、住居ではなく倉庫や物置だろう。
「やあやあ村長、久しぶりだねえ」
「この時期に街から手紙が来たんじゃから、まあお前さんじゃろうなとは思ったわい」
背が低くどっしりとした体つきをした、灰色の髪とひげを蓄えた老人の男性だった。
村長を見たアキラがその風貌から老人と思っただけの話であり、実際がどうであるかは別の話なのだが。
ルーレイラの紹介によると、この村の村長を務めている、ドワーフの男性ということだ。
「彼らはこの村で獣を狩ったり、木材を切り出してラウツカに売って暮らしている民だ。木のドワーフ、森林ドワーフと言われる部族だね」
自給自足で足りない分を、それらの産業でまかなっている集落のようだ。
「最近は初夏の山菜と、秋に採れるキノコも街でいい商売になるわい」
村長の言葉にアキラが涎を垂らす。
「もうじき山菜の季節なのか。いいよなあ。天ぷらにして食いてえ。タラの芽とかある?」
「タラの芽は僕も大好物だけれども、それはともかく仕事の話をしてもいいかなあ?」
村長と雑談しようとしたアキラにルーレイラが釘を刺すように話を進めた。
今回の仕事は、ルーレイラが依頼人であり、ルーレイラのポケットマネーから予算が出ている。
アキラや他の面々がサボることは、ルーレイラの赤字に直結するのだ。
「樺(かば)の樹液を採りたいんじゃろう、構わんぞ。怪我してもワシらは責任とれんがの」
「話が早くて助かるよ村長。では早速、樺の樹がある一角に幕舎(キャンプ)を張らせてもらう」
そう言ってルーレイラは馬車をさらに山の中へと進め、一行はそれに従った。
木漏れ日が気持ちよく空気も美味しいな、とアキラは思った。
「きゃん!」
エルツーが木の根っこに足を引っ掛け、顔から転んで半べそをかいた。
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