10 はじめての冒険、気を付けて行ってらっしゃいませ!

 数日後、アキラはギルドの受付カウンター前に立っていた。


「忘れ物はありませんか?」

「大丈夫、だと思います」


 リズの確認に若干の緊張を伴いながらも、胸を震わせながらアキラは答える。


 この世界、この街にアキラが受け入れられ、生活の拠点を調える準備期間に数日を使った。

 ギルドから借金をする形で住処も決め、最低限の生活必需品を調達し、冒険のための基本的な装備を用意する。

 装備と言っても棍棒ひとつにナイフ一振り程度のものだったが。

 衣服や靴はたまたまギルドにあった余剰在庫をあてがわれて使っている。


 アキラは随分と厚遇されているように思った。

 すべての冒険者、転移者に対してそうであるのか、それともこの街のギルドやリズが特別に丁寧なのか。

 比較することが彼にはできないのでわからない。


 それらの準備が終わりいよいよアキラは、冒険者として最初の仕事のため、現場に向かうところなのだ。


「なによりも身の安全を優先してください。今回の仕事はベテランの方も同行するので、疑問点や不安なことはその都度確認を取って、確実な依頼の達成を最優先に」

「はい、気を付けて、頑張りますッ」


 気合十分なアキラの表情を見てリズはにこっと笑う。


「では、依頼者の方から具体的な仕事の説明がありますので、しっかり話し合って、不備のないように」


 リズがそう言って手で指し示した先をアキラが振り返ると。


「やあやあ遅くなってごめんよ! だいたいの説明はリズがしてくれたのかな? じゃあさっさと出発しようじゃないか!」

「えぇーー……?」


 その場に来た依頼人と言うのは、赤毛赤目のボサ髪エルフ、ルーレイラであった。



 ギルドを出て乗合馬車にルーレイラと一緒に乗る。

 乗合馬車と言うのはラウツカ市を縦横無尽に走って客を拾う、バスとタクシーの中間的な性質をもった交通手段である。


 体感的に約四十分後、アキラとルーレイラはラウツカ市街の北端にある城壁まで来ていた。

 城壁にはいくつかの関門があり、彼らの近くにも大きく口を開けた門があった。

 ここは中央門と呼ばれ、市域と郊外をつなぐ最も大きな城門である。


 門をくぐって市域の外に出れば、農地や牧場、及び大規模な工房がある。

 その先の平原を進めば山林が広がっている。


「でもまさか、依頼を出したのがルーレイラさんだったとは」

「冒険者がギルドに仕事の依頼を出してはいけない、という規則はないからねえ」


 確かにそういう規則があると言われてはいなかったな、とアキラは思う。


「俺が依頼を出そうとしても出せる? キャリアとか関係なく?」

「もちろん。お金さえ用意すればね。自分の仕事に必要なことを冒険者自身がギルドになにか依頼するってのは、当たり前にみんなやってることだよ」


 ルーレイラはギルドに対して「魔法工作用の資材、原料を集める助手を派遣して欲しい」という依頼を出した。

 お手伝いさん募集、と言うことである。

 初級冒険者に限る、という条件を付随して。


「あと、僕のことは気軽にルーと呼んでくれていいよ。どうもきみの舌の加減だと、僕の名前を敬称付きでいちいち呼ぶたびに、舌を噛みそうになっているんじゃないかな?」

「先輩だし年上だし、呼び捨てってのもね」


 ルーレイラの実年齢は謎だが、アキラが今まで拾った会話内容から推察するに、百歳を下回らないだろうと結論付けている。


「いいから、ほら、呼んでみてくれ。気安く、明るく、元気よく。さんはい」

「る、ルーさん」

「ルーでいい」


 笑顔で、しかし頑なに略称の呼び捨てを強要するルーレイラに折れて、アキラは言うとおりにすることにした。


「じゃあ、ルー。今回の仕事は俺の他にもギルドの冒険者が二人、参加するんだっけ?」

「うん。四人編成で行く。もうすぐ他の二人が来るはずだ。合流したら門をくぐって街の外に出るよ」


 彼らの目の前にはラウツカの市街地を守る巨大な城壁と、出入り口である城門がそびえ立っている。

 城壁は果てが見えないほど長く続いて、城壁上部も人や馬や荷車が通ることができる作りになっている。


「でけえなあ。素材は煉瓦じゃなくて切り石か。どんだけ積んだんだ……」

「ラウツカの東西には大きな川が流れているのだけれどね、その川の間をこの北の城壁が横一線に結んでいる形になっているよ」

「北の城壁、東西の川、南の海岸でラウツカは四角形に囲まれた街ってことか」


 街の俯瞰図を想像しアキラが述べた。


「うんうん。四角というか台形だね。北側城壁の方が若干短く、南側の海岸線の方が若干長い。海は湾になっていて、東側の岬の方が鋭く出っ張ってる感じかな」

「港湾の街か」


 アキラの故郷、横浜もそうであった。


「城壁が全て完成したのは百年くらい昔だったかな? 僕がこの街に来る前の話だから、ハッキリとは知らないのだけれどね」

「川の上流に、石切り場になるようなデカい岩山でもあるのかな」


 アキラの推測にルーレイラが、ほお、という表情で感心した。


「勿論あるよ。源流の山の中に、大きな石切り場がね。沢山の岩石を切りすぎて、今ではすっかり山の形が変わってしまったくらいさ。よくわかったね?」

「なんとなく。岩山と、岩を運ぶ川があるからこの城壁が作れたんだろうし、城壁が作れる条件が揃ってたからこそ、ここに港町が栄えたんじゃねえかなって思っただけ」


 魔物が発生して襲われることのある世界だ。

 平地の街を守って発展させるためには、城壁の存在は不可欠だろうなとアキラは考えたのである。


「慧眼おそれいる! きみ、実は元の世界では高等学士かなにかだったんじゃないのかい?」

「歴史オタクはそういうことを考えるのが好きなだけだよ。役に立たない無駄なことを考えたり調べたりするのが好きなんだ、元々」


 二人がそんな話をしていると、待ち合わせをしていたもう二人がルーレイラの前まで来た。


「おはよー……」

「おはようエルツー。ひどい目つきだけれど寝起きかい?」

「うっさいわね。どうでもいいでしょ」


 一人は背が小さく痩せて覇気のない表情の、赤茶色のボブカットの少女で。


「こんにちはッス、ルーレイラさん!」

「やあおはようクロ。きみの方はいつも元気そうでなによりだ。今回もよろしく頼むよ」

「任せてくださいッス!」


 もう一人は白い髪に、犬猫のような三角のピンと立った獣耳を頭部に持った獣人の少年だった。

 腰の後ろではもふもふの尻尾がひょこひょこと動いており、アキラは触ってみたい衝動に駆られたが我慢した。

 新たに来た二人に注目され、アキラも自己紹介した。


「ども、ついこの間、冒険者に登録したばっかりのアキラと言います。よろしく」


 眠そうな目をこすりながら、エルツーと呼ばれた少女はアキラの姿を上から下まで眺めて言った。


「フェイねえが言ってた、外の世界から新しく来たのってあんたでしょ」


 無駄にでかいわね、と小声で言われた気がしたが、アキラは聞こえないふりをしてにこやかに対応する。


「そうだよ。ってフェイさんの知り合いか」

「家が隣なのよ。あたしの家も、フェイねえの家も中央門のすぐ近くなの」


 だから待ち合わせをここにしたのかとアキラは思った。


「フェイねえが休みの日に、朝早くから起こしに来てさ。あんたの話を長々と聞かされて、ホントに参ったわよ」

「ははは、そりゃ、なんと言うか。申し訳ない?」


 アキラに言われても、どうしようもない話である。


「武術がそこそこできるんでしょ? 頑張ってあたしたちを守ってね。あたしは疲れることキライだから」

「ならどうして冒険者になったんだよ。基本的に肉体労働だろ」


 思わずアキラは突っ込んだ。


「勤めに出るよりは楽に稼げるって聞いたのよ。親もさっさと働くか嫁に行くかしろってうるさいし……」


 どこの世界にもそう言う話はあるんだな、とアキラは思った。

 一方で、クロという名の獣耳青年はとても快活そうな印象を受ける。


「転移者の並人(ノーマ)さんと冒険に行くのははじめてっスよ!」

「よろしくな」

「ところでどうして転移者の人って、並人さんたちしかいないんスか? 狼獣人の転移者さんにも会ってみたいっスよ、俺」


 クロという名前でありながら白髪の獣耳くんは、いわゆる狼男であった。


「ごめんな、俺らの世界、基本的に獣人的なものはいないんだわ。いて欲しかったけどな、個人的に」

「獣人がいないとか、俺がいくらバカでもそんな冗談で騙されないっスよォ~」


 アハハハハ、と明るく笑うクロ。

 いて当たり前のものがいないという話を、簡単に信じられるわけはないのは自明の理である。

 この純朴そうな狼男に真実を理解させるのは、なかなか骨が折れそうだなとアキラは思った。



「さてみんなそろったことだし、出発するとしようか。細かいことは道中で説明するよ」


 ルーレイラが音頭を取り、一同は城門へ向かった。

 のだが、そこに見慣れた顔があり、聞き覚えのある声で呼び止められた。


「ギルドの方々か。冒険に出るのかな。予定の日数は?」

「フェイさんじゃないですか!?」


 彼らを制止した門番、通関検査員がフェイだったことに、アキラは驚きの声を上げたのだった。

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