07 ギルド専属の冒険者になると、このような特典があります!

 ギルドのロビーの一角。

 卓を挟んでリズとアキラ二人は椅子に座って話している。


 座って話しているだけ、ほんのわずかな動きしかない状態でも、リズの胸が柔らかそうだとわかるほどに、ほわんと揺れることが何度かあった。


「冒険者登録自体は、これで完了です」

「あ、ども」


 アキラが方針気味だが、真面目に話を聞いていなかったわけではない。

 むしろ凝視して集中していた。


「まずは身分登録だけですから。この貝殻でできた冒険者証があれば、この世界の各国、どこの街のギルドでも、仕事を請けることができます」


 白い貝殻になにか記号が刻印されたペンダントをアキラはリズから受け取って、説明を受けていた。

 二枚貝の殻が使われており、片方は冒険者が持ち、もう片方はギルドの控えになっている。


「これからよろしくお願いします。ギルドって、この世界のいろんなところにあるの?」

「はい。すべての国々、とはいきませんが、このキンキー公領やその周辺国でしたら、大きな街にはたいていギルドの支部がありますよ」

「多国籍企業かよ……」


 思いのほかスケールのでかい話に巻き込まれたな、とアキラはギルドのロビーを見渡して嘆息した。

 確かに大きく立派で、手入れが行き届いた施設だ。

 冒険者ギルドという組織が、よほど大きな力を持っていることが、このロビーの雰囲気ひとつで分かるような気がした。


「企業と言うよりは、同業者互助組合なんですけどね。もとは冒険者業の保険や事故補償から始まった組織なんです。あとは依頼価格の上下を調整したり」

「そこは文字通りの組合なのね」


 アキラが日本で勤めていた会社には、組合組織がなかったのだが。

 と言うかそもそも現場に女性がほとんどいなかった。

 こんな素敵な事務職員と、オフィスでイチャコラするのを夢見たことが、アキラにもあった。

 

「はい。私たちギルドはあくまでも窓口とサポート。現場で仕事をするのは冒険者の方がたの裁量ですので、ギルドが冒険者を雇用している形式ではないんですよ」


 リズの言葉をアキラは咀嚼する。

 ギルドに届けられた依頼、例えば道中護衛や魔物退治などを、冒険者が請け負う。

 仕事のやり方、進め方自体は冒険者の自由裁量に任されているし、なにより仕事の結果は冒険者の自己責任だ。


 いくらかの手数料をギルドは最初の段階で徴収している。

 その上で依頼達成なら冒険者は規定の報酬を得て、未達成なら無報酬ということである。

 冒険者という自営業者と、冒険者に仕事を頼みたい依頼主を、ギルドはあくまでも「つなぎとめる役割」でしかない。

 もちろん、それに付随する各種サービスをギルドは有償無償、様々な形で用意しているのだが。


「ですけど、ラウツカ市のギルドを含め、いくつかの冒険者ギルド支部は『専属冒険者』と言う制度を用意しています」

「それはどんな?」

「ラウツカ市ギルドに依頼された仕事を優先的に請け負ってもらう制度です。色々な街のギルドで、流しで仕事の依頼を受ける冒険者とは違う働き方ですね」

「専属になったら、他の街のギルドの仕事は請けられないの?」


 アキラが疑問に思ったことに、リズは首を振って答えた。


「いいえ、例えばラウツカの専属冒険者になった場合、ラウツカ市ギルドが指定するノルマと条件をクリアした場合は、他の街のギルドに行って自分好みの仕事を自由に探してもらってもかまいません」

「ノルマさえクリアすれば、自由がある程度きくんだ」

「はい。現に専属冒険者の方でも、そう言う働き方をしている方はいますね」


 ノルマは言うまでもなく仕事の出来高の達成値である。

 月に合計金額にしていくらまでの仕事を請け負い、完遂すること、と言うところだろう。

 条件と言うのは、ラウツカ市内に住居を構えること、ラウツカ市周辺域での犯罪歴がないこと、など。


「でもリズさん、ギルドに来る依頼自体が少なくて、そもそも仕事の稼ぎが見込めない時は、ノルマなんて達成できないんじゃねえのかな?」


 アキラは日本で労働者をしていた頃、リーマンショックによる世界的大不況を体験している。

 仕事が切れる、稼ぐあてがなくなるという状況への危機感がそれなりに強い青年なのだ。


「そういう場合は、ギルドの施設、この建物ですね。ここでの内勤業務を手伝っていただきます。施設の管理保守業務とか」


 施設の管理と言うなら、掃除や修繕だろうか。

 それならば力になれることがアキラにもあると考えた。

 リズの手伝いならいつでも、なんなら無給無休でもいいくらいだと思ったアキラ

 しかしシャイなので口には出さない。


「あるいは他の街のギルドに来た依頼を分けてもらうか。近隣の街のギルド支部同士で仕事や冒険者を融通し合うことは、たまにありますね」

「まあ、ここに仕事が無くても、余所は忙しいってことは、ありうるわな」


 ふむふむとリズの話を真剣に聞きながら理解しようとするアキラ。

 そのとき、あ、と忘れていたことを思い出したように呟いて、リズが続ける。


「街のギルドの専属冒険者になれば、額は少ないですけど固定給が出ます。完全に出来高制の冒険者と一番違うところはそこですね」

「おお……それは、バランスの良いシステムだな……」


 それにプラスして、請け負った仕事の報酬を得ることができる、とリズは説明補足した。


 フリーランスでギルドから仕事を請けて日銭を稼ぐ冒険者。

 アキラも男子としてその響きに憧れがないわけではないが。

 ただやはり生活していくことを考えると金銭の不安は無視できない問題だ。


 日本人で、会社員だったアキラは強くそう思う。

 しかし、どうやら専属冒険者と言うシステムの恩恵を受ければ、最低限の固定給は保障されるらしい。


「じゃあ、なります。専属」

「……はい?」


 リズに呆れられた。

 もう少ししっかり情報を吟味して答えないと、馬鹿だと思われるかな、とアキラは今更心配になったが。


「ダメかな? いきなりは専属にはなれない? まずはバイトや契約社員から?」

「い、いえ、ダメなことはありません。こちらとしても嬉しく思います」

「じゃあお互いウィンウィンだ」


 意識高い言葉を使ってしまった


「でも、いいんですか? 色々と行動に制約はありますし、ノルマもあるんですよ?」

「この期に及んでダラダラ悩んでても時間の無駄かなーって思って……」


 ポリポリと首の後ろをかきながら、アキラはそう言った。

 ここのギルド以外で、リズ以外から仕事を貰う動機が、アキラには今のところ、ない。

 なら迷うこともなく専属でいいだろうと思っていた。



 リズは、正直不安になった。

 

「この人、深く考えないで雰囲気や流れで発言しているのではないでしょうか」


 と思ったのである。


 地球で死んでしまい、異世界に転移したそのことに、自暴自棄の投げやりになっている……。

 と言うほどの悲観した表情をアキラが見せているわけではないが。


 どうも、表情や言葉から、感情が読みにくい。

 日本人は身振り手振りが小さく、表情の出し方も欧米人に比べてメリハリが小さい。


 そんな話をリズはどこかで聞いた覚えがあるが、目の前のアキラもそういうタイプなのだろうか。

 しかしとりあえずのところは、アキラはラウツカ市ギルド専属の冒険者として働くことに前向きだ。

 これはリズの希望とも合致する。

 彼をサポートするギルド職員として、そのために最大限の仕事をしようと、リズは気を取り直した。


「それでは細かい専属契約のお話をする前に、こちらからアキラさんに質問です」

「どうぞどうぞ、なんでも聞いてください」

「アキラさんの安全とお仕事の成否にかかわる重要なお話ですので、包み隠さず、言葉を飾らずに、かといって卑下謙遜もすることなく、正確にお答えいただきたいのですけど、よろしいですか?」


 冒険者の安全と成否、それに関わる話。

 それはだらけた気分で話していいことではないと、二人の間に若干の緊張が生まれた。


「わかりました。できるだけ正直に、正確に答えたいと思います」

「ありがとうございます、では、なにかこれと言う、打ち込んだ物事はありますか?」

「へ? 打ち込んだこと?」

「学生時代や大人になってからでも、好きなこと、得意なこと、真剣に打ち込んだものなどがあれば教えてください」


 つい思わず「釘ですかねえ」と答えそうになったアキラ。

 工業高校出身なので、嘘ではないのだが。


「完全に面接だこれ。いや、まさにその真っ最中なんだけどさ……」

「あの、その通り、面接なんですアキラさん」

「ここは日本の企業かいな。イオナズンって言えばいいの? 掌から気功を出したりはできませんね流石に」


 緊張して姿勢を正したアキラの肩が一瞬で崩れたのを、リズは見た。


「真面目なお話なんですよ」


 ぷくぅ、と音が鳴るのではないかと思うように、リズの頬が膨らむ。

 もうそれだけでアキラは幸せである。

 怒られている最中なのだが。


「あ、ごめん。そうだね、近所の幼馴染の兄ちゃんに誘われて、空手は結構長い間やってたよ。小学校4年から高校卒業までやってたなあ」


 アキラが空手経験者であるという言葉を聞き、リズの眼光が鈍く光る。


「……カラテ・ジツ!?」

「Ah(アー)、Yeah(イェー)」

「ああ、なんということでしょうか! アキラさんが、ニンジャであったとは!!」

「ニンジャでは、ないです」


 おそらくこの世界、リードガルドにおいて、この二人にしかわからないやりとり。

 少しだけリズとアキラはお互い打ちとけた、気がした。

 近しい時代を生きた、文化的につながりも深い日本とアメリカならではの話題である。

 コホン、と咳払いしてリズは話を戻す。


「失礼しました。日本のハイスクール卒業と言うと……」

「十八歳だよ。アメリカも似たようなものじゃない?」

「そうですね、私のところもそうです」


 もっとも、リズはハイスクールを卒業する前にこちらの世界に来たのであるが。


「長く続けてた割には、空手の大会でいい成績を取ったことはないけどね。県のベスト4が最高かな」


 しかも体重別であるため、実質の四位とは言えない。

 学生時代のアキラはもう少し体が細かったので、重量級の猛者にかないっこなかった。


「そうですか。でも、長く続けられただけでもすごいと思いますよ。空手なんて、練習も大変そうで私には到底無理って思いますもの」


 リズは運動全般が苦手で、体力も乏しい。

 朝、起きたときに軽い体操とストレッチのようなものを、そして夕方の仕事終わりに浜辺をウォーキングしているくらいで、日常で運動らしい運動は他にはしていなかった。


「そう言ってくれると嬉しいけどさ。あとは、本を読むのが好きだね」

「やっぱり、ニンジャやヤクザが出てくる作品がお好きなのですね!」


 そっち方向にどうしても食いつくリズであった。

 ブブブと本日二回目の噴き出し笑いを放ち、アキラが続けた話題をリズは丁寧に聞く。


「そういう本も読むし、他に写真付きの歴史の本とか、お城や世界遺産のビジュアルブックとか」

「あ、世界遺産、良いですよね。私の実家も大きなポスターを壁に貼ってました」

「俺の家もカレンダーが世界遺産だったな、毎年。海外旅行したことはないけど、カッパドキアとか、サマルカンドに憧れたなあ」


 美味しい食べ物の話と綺麗な景色の話は、誰でも盛り上がりやすい鉄板である。

 もっとも今の場合は、リズがアキラに合わせているのであるが。


「私はドイツのお城とか、素敵だと思います。ええと、ノース、いえ、ノイシュ……なんでしたっけ」

「ノイシュバンシュタイン城か。綺麗な建物だよね」


 あれは世界史オタク的に、城であって城ではない微妙なところで、なにしろ世界遺産ではない。

 そうアキラに思われていることを、リズは知らない。


 話している途中でふと、なにもない空間を見つめてアキラはぼんやり思いついたように呟く。


「……この世界でも、良い本に出会えるといいな」


 リズはアキラが漏らした言葉に答えなかった。

 アメリやや日本ほどの消費社会と、この国、この世界はやはり違うからだ。


 しかし、歴史に興味があるというアキラの個性は、リズにとって得難いものだった。


「ひょっとすると、フェイさんや他に地球からこちらの世界に来た人たちが生きていた時代のことを、アキラさんならわかるかもしれないですね」

「他にもまだいるんだ」

「はい、ラウツカ市だけでも、もう一人。他の街や国も合わせれば、結構な数の地球人が、こちらの世界、リードガルドと呼ばれる大地に転移して生活しています」


 結構な数と聞いたアキラが、驚いたのがリズにも分かった。

 リズもアキラも、この世界ではそこまで極端に珍しい存在ではないのだ。

 アキラが転移して来るなり、リズとフェイと言う二人もの転移者に出会い、こうして三人集まって話している。

 アキラは一人ぼっちではないのだということを、リズはわかって欲しいと思った。


「それは賑やかだし心強い。で、みんな国も時代もバラバラなの?」

「はい。ですけど私は世界史が得意な学生ではなかったので、よくわからないことが多くて……」


 わかったからどうということも特段ない。

 しかしギルドで人材情報を統括管理している身としては、彼らが生きていた社会のバックボーンをある程度、理解しておきたいと前々からリズは思っていたのである。


「一人一人から詳しい話を聞けばピンと来るかもなあ。でもあんまり期待しないで。知らん分野はマジで知らんから。歴オタってのはそう言うもんだから」

「いえいえ、力強いです。頼りにしていますよ♪」


 ニコッとリズが笑い、それにつられてアキラも笑顔になる。


「地球にいた頃、好きだったり夢中になっていたことは、この世界で、必ずアキラさんの役に立ちます。どうかそれを大事にしてこれからも過ごしてください」

「は、はい。わかりました」


 アキラが表情を引き締める。

 とりあえず、言うべきことはアキラにきちんと伝わったと思い、リズは安心した。


 しかし。

 会話中、七割くらいの時間でアキラの視線がリズの胸に集中しているのには、さすがに閉口する。

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