06 冒険者のお仕事には、街の方からもご協力をいただいています!

「ルーレイラ、今のうちに軽くなにか食べよう。朝食を抜いたから腹が減ってかなわん」

「お、僕から誘おうと思っていたんだけれどね。ぜひともご一緒させてくれ」


 フェイとルーレイラは一旦、連れだってギルドを出た。

 リズとアキラは諸々の書類手続きのため、まだギルドに缶詰である。

 それが終わった後、ルーレイラは主にこの世界についての説明をアキラにするつもりだった。

 リードガルドと呼ばれるこの天地に満ちる魔法、精霊のちからについて、及び魔物たちについての説明を。

 今日はそのためにリズから呼ばれたのだから。

 まだ帰るわけにはいかないが、近場で軽くなにか食べるくらいの時間はある。


「隊長どのは貴重な休日を潰して、まだ僕らに付き合ってくれるのかい?」

「夜にはエビを食べに行くんだろう? どうせ一日丸ごとの予定と思っている。終わるまで付き合うさ」


 とりあえず二人は、ギルドのすぐ近くにある店に入る。


「夜までいてくれるなら、リズも喜ぶよ」

「ちなみに今日は休日ではなく非番だ。休日は明日と明後日だ」


 フェイは門番のシフトに入ると、三泊四日で城門衛士の詰所に寝泊りして働くことになる。

 退勤後から一日は非番、そして休日が二日間あって、またシフトに入るという流れだ。


「どうでもいいよ、お役人の勤怠制度なんて……」


 軽い口を叩きあいながら、フェイは店内を観察して空いている席を探す。


 ここは「眠りの山猫亭」と言う名の、宿屋と料理屋を兼ねた店だ。

 冒険者にもギルド職員にも評判がいい、港町ラウツカの名物店の一つである。


「ここにしよう」

「窓側の方が好きなのになあ、僕」


 席に着くなり早速二人は店員に注文を告げる。

 フェイはミンチにした魚に衣をつけて揚げ、甘辛いソースで味付けされた料理と、発酵茶。

 ルーレイラはバターとミルクたっぷりのパンケーキに、刻んだ果物が添えられたものと、発泡麦酒を。

 パンケーキは卵を抜いて作ってもらっている。


「昼前から甘いものに合わせて酒を飲むのか」


 フェイは渋い顔をしたが、ルーレイラは気にしない。


「最近どうだい、衛士の仕事は」

「隊に怪我人が出たからな。その事後処理で忙しかったが、今は落ち着いたよ」


 料理を待ちながらお互いの仕事の近況報告などを雑談する二人。

 そのとき、面識のない他の客がフェイの席まで来て、話しかけてきた。

 猫系獣人(ワーキャット)の女性である。

 着ている服が上品なので、若手冒険者や下級役人ではなさそうだった。


「あ、あの、北の門で衛士をなさってる、一番隊隊長のウォンさんですか?」

「いかにも。私がウォン・シャンフェイだが。なにか用か? どこかで会ったかな?」


 猫女は満面の笑みを浮かべ、出会いを喜ぶ。


「わ、わあ、会えて感激です! 私、貴女の活躍に憧れていて! あ、握手してもらっても良いですか?」


 どうやらフェイのファンらしい。

 フェイは男性よりも女性にモテることが多い。

 そのことを本人に指摘すると不機嫌になるので、街の誰もそんなことは言わないが。

 おずおずと自分の右手を前に出す猫女と、それに応えるフェイ。 


「それくらい構わない。光栄だよ、耳が可愛らしい娘さん」


 にこやかに握手を交わす両者。

 しかし、その直後。


「ありがとうございます! ……それでは、これも、受け取ってください!!」


 猫獣人女は突然そう言って殺気を濃く含んだ目つきに変わり、空いてる左手の袖口からナイフを取り出す。

 長い袖の中に凶器を隠し持っていたのだ。

 座っているフェイの額、眉間あたりを狙い、逆手に握った刃を突き下ろした。

 それに対しフェイはの女の右手を、逆関節が極まる方向に思い切り捻る。

 猫女の体は横方向に回転する形で宙に浮き。

 ドターン! 

 という大きな音を立てて、店の床にしたたかに打ち付けられた。


「むぎゃッ!!」


 振り下ろされたナイフは空を切り、転倒した衝撃で猫女はナイフを手放した。

 ついでにフェイは地面に倒れた猫女の顔面と腹部を踏みつけ。


「みっ! ミギィィ!! ギニャァァァン!!! ニャァ……」


 更に背中と肩の関節と後頭部と……。

 とにかくいたるところを容赦なく何度か踏みつけ、相手の行動を完全に制圧した。

 猫女はぴくぴくと痙攣し、叫び声を上げることすらしなくなった。

 右肩は関節が外れているらしく、おかしな曲がり方をしていた。

 この一連の攻撃、制圧行動を、フェイは「椅子に座ったまま」全て成し遂げたのである。

 そのまま流れるように、十八番(おはこ)の縛り術に移る。


「まったく、今日は非番なのに……」


 などとぶつぶつ言いながら。

 猫女の衣服が長袖ブラウスとロングスカートだったため、それらをあっと言う間に引き裂いて布の帯を拵え、それで縛った。

 手持ちの麻縄を節約したかったのであろう。

 呆気に取られるルーレイラが言葉を発したのは、フェイが相手の捕縛をすっかり終えた後。

「半裸で手足を縛られた瀕死の猫獣人オブジェ・痙攣反応あり」

 という、趣味が良いのか悪いのかわからない前衛芸術のオブジェが出来上がっていた。 

 一部の層には強い需要があるかもしれない。


「いったいなんだい、この猫娘ちゃんは。フェイの信奉者ではなかったのかい?」

「知らん。禁忌薬物の売人の仲間かなにかだろう。最近その手の連中を何人も牢にぶち込んだからな」


 港街であるラウツカ市は、どうしてもさまざまな物品が出たり入ったりする。

 その中には麻薬類のような、社会風紀を乱す物も当然あり、政庁、衛士の悩みの種でもあった。


「報復のつもりで私を襲ったのかもしれん。もしくはその手の連中に雇われた、流しの殺し屋かもな」

「まったく休日だか非番だか知らないけれど、よほど仕事に愛されてるねえ、フェイは」


 ルーレイラはフェイをそう憐れむ。

 ついでに店員を呼び寄せ、迷惑賃代わりの銀貨を手渡し、言った。


「街の衛士を呼んで、この哀れな猫娘ちゃんを引き取ってもらってくれたまえよ」


 ルーレイラもこういう状況に慣れているものと思われる。

 荒事は得意分野でないと言いつつも、そこはしっかり冒険者なのだろう。

 フェイも店員に対して注意すべきことなどを申し伝えた。


「この女が少しでも怪しいそぶりを見せたら、直ちに殺すように衛士に言っておいてくれ」

「はい、わかりました」


 それほど緊張もせずにフェイの忠告を聞き入れる店員。

 ギルドと港に近い店なので、この手のことが起こるのは珍しくないのだった。


「私の近くに来るまで殺気を微塵も出していなかった。あと、短刀に毒がついている。毒を調べて出所を突き止めろ、とも」

「いつも大変ねえ、隊長さん」

「こちらこそ、騒いで済まない。世話をかける」


 店員も非番のフェイ隊長の苦労をねぎらって、店の外へ衛士を呼びに行った。


「だからギルドの受付で騒いでた冒険者の男よりも、念入りに打ちのめしたのかい」

「腹が減っていたからな、長く騒がれると耳障りだ。黙ってもらうにはこれが一番だ」


 ひどい言いぐさであった。

 空腹紛れに余計に踏まれたのかと思うと、さすがにルーレイラも猫女を少し、気の毒に思ったが。


「いい使い手なのに勿体ないね。これで彼女の生涯も終了だ」


 その言葉通り、猫女はどのみち死罪になるだろう。

 街の中で衛士に毒の刃物を突き立てて命を狙っただけでも罪は相当に重い。

 殺し屋を本業にしているのなら余罪もどんどん明らかになるだろう。 


「それよりも料理はまだだろうか。いい加減、空腹が限界なんだが……」


 フェイにとっては料理の待ち時間の長短の方が、ならず者に命を狙われるよりも重要らしかった。



 料理が運ばれ、二人は幸せな顔でそれを頬張る。


「肉も内臓も骨髄も基本的には苦手なのだけれどね、何故か乳製品は平気で食べられるのが自分でも不思議だよ。血と乳は似た成分のはずなのだけれどねえ」


 バターの香りをふんだんに漂わせるパンケーキを、じっくり味わうようにのんびり食べるルーレイラ。

 ルーレイラは肉も卵も魚も苦手としているが、乳製品やタコ、イカ、エビなどは好きである。

 貝類はモノによりけりで、カニの身は好物だが、ミソは食べられない。

 リードガルドに住むエルフ種は、大半が生臭ものを忌避する傾向にあるが、個人差もそれなりにある。


「私も魚の身は好きだが魚卵や白子などの内臓は少し苦手だな」


 フェイが食べている小麦粉の衣で覆われた魚肉ミンチの揚げ物。

 表面はパリッと、中は柔らかくジューシーな仕上がりで値段の割にボリュームもあり、ラウツカの街では馴染みの一品だ。

 海辺の街ならではのソウルフードと言っていい。

 しかし、中身にどんな魚が使われているのかは店員以外、知らない。


「それは単なるお子さま味覚じゃないかな。フェイは塩味の濃いものばかり食べてる気がするよ」

「ハッキリした味付けでないと、食った気がしないんだ」


 フェイが海産物を好むようになったのは、リードガルドに転移してからのことである。

 それ以前は住んでいた地域が中国の内陸部で、海の魚を食べる機会がそもそも少なかった。

 雑談をしながら、二人の話題はギルドのことに移る。


「フェイの見立てでは、どうだろう。彼、アキラくんはこの先やって行けそうだと思うかい?」

「何十年もギルドで冒険者をやっている貴殿に聞かれてもな。ま、やってやれないことはないと思うぞ」


 アキラが怨鬼を屠った際の攻撃は、フェイの目から見て「ちゃんと体を動かせている」と言う評価ではある。

 日常的に体を使う仕事なり運動なりを経験して生きて来たのだろう。


「でも泣いてたからねえ、彼。殺生は苦手だというなら、この先大変だ」


 怨鬼を生き物と定義していいかどうかはさておき、生き物を殺す際に感傷的になり、逡巡すること自体は珍しくない。

 新人の衛士が初めての「殺し」を体験したときなど、動転したりふさぎ込んだりする例を、フェイはいくつも見て来た。


「よくあることだ。慣れることができなければ、他の仕事を探すだろう」


 フェイも気にかかってはいた。

 しかしアキラの場合は涙を流しながらでも、迷いのない致命的な打撃を相手にぶち込んだ。

 しかも二発連続でよどみなく相手に、確実にとどめを刺すために。

 その後もひどく落ち込んでいるという様子がない。

 フェイが知る限りでは珍しいケースだった。


「たまにはギルドの面々に稽古をつけに来てくれるんだろう? 今まで通りに」

「彼がそれを望めばな。要らんと言われればわざわざお節介を焼きには来ない」


 フェイは仕事が休みの時間を利用して、ギルドの新人、若手冒険者に武術体術の指導を行うことがある。

 無報酬、完全なボランティアであり、言うなればフェイの趣味、生きがいの一つだった。

 衛士隊の本業でも若手の指導はフェイの日常業務の一部で、その上で休日にギルドに顔を出して武術の指導教官を買って出ている。

 さらにそれ以外の時間でフェイは、体術、護身術や健康体操の先生のようなことをやっていたりもする。

 生徒は自分が住んでいる家の近隣の少年少女たち、あるいはヒマな老人たちを集めて。

 教える場はフェイの自宅の庭だ。


「流石、根っからの武術の師匠さまだねえ。有り難くてギルド一同、フェイの家の方向を拝んでから毎日眠っているよ」

「そう思うなら鬼より怖いフェイ隊長などという変な噂を撒き散らすな。これでも近所の子供たちには優しい先生で通ってるんだ」


 フェイは地球で生きていた頃、武術家で軍人でもある家系に生まれ育ったのだ。

 幼少期から父や兄、親戚たちの稽古を見よう見まねで体を動かしていたし、この世界に飛ばされてからも武術の稽古を欠かしたことは無い。

 髪の毛からつま先まで、純度100%、生粋の拳士なのである。


「意外と世間体を気にする鬼隊長さまなのであった。ぷくく、あとでリズに報告しよう」

「やめろバカ」

「そう言えばきみ、仕事中でも休日でも腰に打撃武器をぶら下げているけど、滅多に使わないよね」


 フェイが得物を振ったのを、最後に見たのはいつだろうかとルーレイラは記憶をたどった。


「自分の手で触るのも嫌だと思うような相手には使うぞ」

「脂ぎった奴とかかい。あまりにも汚れてる敵とか、ねばねばしてる魔物とか」

「そうだな。他には、怠けて昼間から酒を飲んでいる不良冒険者の尻をこれで叩いてやってもいいかもしれん。リズも喜ぶだろう」

「やめてくれたまえよ。僕は悪い冒険者じゃないよ」


 こんな風にふざけたやりとりをする間柄のフェイとルーレイラではあるが、知り合った当初の第一印象はお互いに最悪であった。

 なんだこの無表情ななカタブツは。

 なんだこの怪しいふざけた奴はと、お互い思っていたのである。

 そんな二人が友誼を育む関係になったのも、ギルド受付を務めるリズの仲立ちに依るところが大きい。

 そのリズは日本からの転移者アキラを相手に、どれだけ地味な仕事にいそしんでいるだろうか。

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