04 それでは、こちらの世界で冒険者として働きませんか?
地球で命を落とし、地球人としての人生を終えて、異世界リードガルドに飛ばされてきた日本人男性、東山暁。
これ以降アキラと表記することで統一させていただく。
彼が語る「地球、日本で生きていたときの、死の状況」は以下のようなものであった。
「天気が良かった土曜の仕事休みの日だったよ。
富士山でも見に行こうかなと思ったんだよね。
バイクに乗って海側通ってさ。
で、大黒ふ頭のところの橋を渡ってるときに、多分、地震だろうなあ。
めっちゃグワングワン揺れたの。
橋が文字通り、跳ねたのよ。
俺の命もここまでかあーって」
アキラの話には固有名詞が多かったので、正直言うとリズもフェイもイメージがつかめなかった。
しかし、異界から来た者がわけのわからないことを口にする、と言う状況にルーレイラは慣れている。
アキラの話の中から自分が理解できる単語を抜き出して咀嚼し、こう答えた。
「海沿いの島を渡す橋を通ってたときに、大きな地震に遭遇してしまった、ということかい?」
「そうだよ。ってごめん、ここ死後の世界なんだよね。で、どう見てもあんたら、日本人じゃないね。日本語通じるから、普通にいつもの感覚で喋っちまった。天国には自動翻訳機でもあるのかな……」
焦って一気にまくし立ててしまったことを、アキラは恥じて頭をかいた。
「貴殿と私たちで会話が不自由しない理由は、後でおいおい説明しよう。言葉に関して心配することはない、とだけ理解してくれればいい」
「よくわからないけど、それは助かるね。ありがたや」
一体どういう理屈なのか、アキラには想像もつかない。
しかしここはフェイの話を信じ、先に進むとしよう。
「そしてここは天国、極楽浄土なんかではないぞ。煩悩も四苦八苦もそこらじゅうにあるし、当たり前に命は死ぬ」
フェイの物言いを完全には理解できないが、大意としてアキラは「そうなんだろうな」と思った。
半裸で毛布をかぶっている今現在、彼は若干の肌寒さを感じている。
座っているベッドも堅く、尻の居住まいが良いとは言えない。
ここが天国ならそんな不快要素はないだろうから、ここは天国ではないのだ。
「橋が地震で跳ねて、きみはその衝撃で海に投げ出されたということかい?」
ルーレイラの問いにアキラは首を振って続ける。
「いや、地震で橋が上下左右にうねるように跳ねて。
ヤッベって思ってバイクから飛び降りて、なんとか無事だったんだ。
ゴロゴローって転がって地面に着地したから、めっちゃ痛かったけどね。
バイクは高速道路の壁に直撃して大破したし。
で、ひとまず安心してたら、コントロールを失ったトラックが俺の方に突っ込んできてさ。
目の前にトラックのフロントに書いてある、メーカーのロゴが迫って来て」
「ひっ」
この話題になってから、おびえるような顔を見せていたリズが小声で悲鳴を上げた。
ぽんぽん、とフェイがリズの肩を優しく叩き、そのまま優しく背中をさすりる。
そのついでに。
「ところでさっきも言っていたが、バイクとはなんだ」
「作り物の、鋼鉄の馬です」
「トラックと言うのは?」
「作りものの、鋼鉄の荷車です。馬や牛で曳かなくても動かせます」
「便利だな」
と言う小声のやりとりがあった。
「そこから、記憶がないんだ。目覚めたらここ。美人二人と……まあ、愉快そうな人がいるから、目覚めの気分はイイね」
アキラに面白クリーチャー扱いされて、ルーレイラはおどけて両手を上る。
口をゾンビか吸血鬼かと思うほどに大きく開けて、シャーッと唸った。
それを見てブブブと吹き出し、サムズアップするアキラ。
自分が死んだ、死ぬような事故に遭ったという記憶は、実のところハッキリしている。
ならここは死後の世界か異世界か、とにかく自分が生きていた日本の関東エリアではないようだということもアキラにはなんとなく理解できた。
耳長の妖怪が人語を話して冗談を言っているのだ。
夢か幻かコスプレでなければ、そう言うことなのだろう。
「服がないのは心細いけどな。俺いつまで裸でいればいいの?」
「乾かしている最中だ。間に合わせで他の衣服があるかな」
リズとフェイがギルド内を少し探し回り、革のズボンと綿のシャツを見つけて来た。
あてがわれた服をモゾモゾと着て、ベッドから立ち上がるアキラ。
この中の誰よりも背が高い。
アキラの身長は178cmで、肉体労働をしていたおかげで、それなりに体躯ががっちりしている。
次に背が高いのはルーレイラだったが、二人の体のぶ厚さは一目瞭然に差があった。
ヒューと感嘆するようにルーレイラが口笛を鳴らし、アキラの胸板をぽんぽんと掌で叩いた。
「立ち上がるとこれまた偉丈夫だねえ。いい仕事をしてくれそうだ」
「働きたくないでござる」
アキラの冗談に、他の三人が苦笑いした。
思ったより冷静な転移者、アキラを見てフェイは安心していた。
取り乱してもいないし、表情から察するに心底絶望しきっているわけでもないようだ、と。
フェイもリズも、地球からの転移者であり、また同じように地球から転移してきた人間を幾度かこの世界で迎え入れた経験がある。
その滅多にないイベントが、かなりの高確率で凄惨な状況を生んでしまうことを彼女らは知っている。
地球で「思いがけない悲惨な死」を迎えた若者が、次に目覚めて冷静でいられるという保証がどこにあるのだろう?
ある者は、目覚めた直後に自殺を図った。
またある者は目覚めてすぐに混乱し、暴れて周囲に危害を加え、取り押さえられ窒息して死んだ。
「あのときは参ったな……」
フェイは新人衛士時代、その場に立ち会ってしまったことがあるのだ。
人知れずこの世界に転移して、そして誰に看取られることもなく野の獣や魔物に襲われて死んでいる者もいる。
それらしき死体を見たことがあり、職場の仲間から話として聞くこともあった。
それに比べればリズもフェイも、自分たちが極めて幸運だったということを自覚している。
目覚めてすぐに絶望も混乱もすることなく。
勝手のわからない異世界で野垂れ死ぬようなこともなく。
リードガルドという地に自分たちが受け入れられ、それなりに幸せに暮らしている今は、万分の一の奇跡の上にあるのかもしれないのだ。
落ち着いて考えをめぐらし、フェイはリズが今日、自分を呼んだ本題がこの後に待っていると理解して、言った。
「リズ、政庁が休みである今日のうちに、彼の採用試験をしてしまいたいんだろう?」
「そうです。さすがフェイさん、お見通しでしたね」
「ならさっさと中庭に行こう。ぼやぼやして明日になってしまうと元も子もないぞ」
ギルド職員としてギルドの利益を優先的に考えるリズ。
彼女としては身元不明人としてアキラが政庁に保護されるより先に、アキラの冒険者適性を診断したいと思っている。
地球からの転移者であるアキラは、順当に行けば政庁で正式に「身元不明者」として登録される。
しかしそより先に、ギルドが契約を結んでアキラの身元を保証してしまえば「ギルド所属の冒険者」になり、身元不明人ではなくなる。
アキラの処遇をギルドが握るか、政庁が握るかという分水嶺が今日この日なのだ。
しかし、その診断、冒険者としての採用適性には若干の危険が伴う。
安全を期しているものの、万が一と言うことはありうる。
だからフェイをこの場に呼んでいるのだ。
「ありがとうございます、フェイさん。あなたのような友人を持って私、本当に幸せです」
「そういうのは、いいから」
耳まで赤くしているフェイであったが、悟られないようにそっぽ向いた。
「いや、俺が全然理解できないんだけど……なにがどうなってんの? そしてあの二人はできてるの?」
「ははは、それはあるかもしれないね。リズとフェイの間柄が怪しいとは僕も前々から思っている」
ニヤニヤしながらルーレイラがアキラの質問に答える。
とりあえず一番話しやすいのはルーレイラかもしれないとアキラは思った。
「リズや僕は、同じギルドの仲間としてきみに仕事をしてもらいたいのさ。冒険をしたり、様々な資源や資材を回収したり、街道を行く隊商を護衛したり」
「そこだけ聞くとなんか楽しそうだな」
「そうだよ、楽しい仕事さ。乏しい装備とはした金を渡して、いきなり魔王を倒せだなんて無茶難題は言わないから、安心してくれたまえよ」
冗談か本気かわからない言葉を重ねながら、グイグイとアキラの手を引いて明るい声で引っ張るルーレイラ。
さっきからケラケラと笑うこの赤毛の妖怪を見るに、それほど大変なことが待ち受けているわけではないのだろうな、とアキラは想像した。
しかし念のために内容を質問する。
「採用試験がどうのこうの言ってたけど、え、就職の面接と試験みたいなもんなわけ?」
「まさしくその通り! なに、試験自体は簡単で形式的なものだから心配することはないよ」
ルーレイラは露出した片方の目で、アキラの顔を見て明るく言った。
「しかし、なにせ僕らのギルドは慢性的な人手不足なんだ。優秀な労働力はいつでも大歓迎なのさ!」
「俺そんなに仕事できるってわけでもねえけど。会社でもまだまだペーペーだったし」
不安なアキラを安心させるように、リズも笑顔で話す。
「健康そうですし、こうしてちゃんと受け答えができているのですから、大丈夫ですよ」
「そっかな」
美女の笑顔には反論できない。効果てきめんだ。
「ところで冒険者の試験って言うけど、実技? 筆記?」
難しいことをいきなり言われてもこなせる自信はないアキラ。
その確認の質問に、ルーレイラはさっきまでと全く変わらぬ調子で、笑って言った。
「本日、これからきみには魔物を一匹、その手で殺してもらう!」
「またそんないきなり、ご冗談を」
殺伐案件であった。
「冗談なものであるものかい! 息の根を完璧に止めて、始末して、細切れの引き肉になるまで、ぐっちょぐちょにしてもらいたい! そのまま畑の肥料として撒けるくらいにね!」
「ルーレイラ、言い方ってものがあるだろう」
フェイは呆れている。
「見事に完遂できたなら、きみも晴れて冒険者の資格を得て、ギルドの仕事を請け負うことができるよ!」
「そんなサイコな話で、なんで楽しそうに笑ってんだ……」
一気に不穏な話になって来たアキラは、帰り道なんか全くわからないが、もう帰りたい。
彼らが訪れた中庭。
陽光がふんだんに降り注ぎ、ピンクの花弁を持った背の高い木々が何本か植わっている、比較的広い空間だった。
野球をするのは難しいが、キャッチボール程度ならできるだろうなどとアキラは考え、植わっている木々を見てぽつりと呟いた。
「桜だ……」
「ラウツカでは今は春だな。キンキー公領は南北に長い国だから北側の海沿いはまだ晩冬だろう」
立ち止まって桜の花弁を見つめるアキラに、フェイが説明する。
ピィピィと啼く鳥の声、そして舞い落ちる花びらたち。
斜めに差し込む陽光も美しいこの中庭を、アキラは好ましいと思った。
「春は眠りの季節でまだ意識も不覚だってのに、暁(あかつき)の名を持つ俺はわけのわからない試験を受けなければならないのであった」
「ん……?」
「あの詩の花は桜じゃなくて梅なんだろうけどさ。ところどころに鳥の啼き声を聞くのも、風流だねえ……」
アキラの他愛ない独白、戯言にフェイが首をかしげる。
春、眠、不、覚、暁。
アキラの言葉の中には確実にその五言があったからだ。
しかし、リズの仕事上の要件がこれから控えているので、追及は後にしようと思いスルーした。
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