02 当ギルドへは初めてのお越しでしょうか?

「体が結構大きいねえ。少なくとも、僕よりは力が強そうだ」


 ルーレイラが寝ている男を観察しながら述べる。

 服は下着以外が脱がされており、その状態で毛布を掛けられて男はベッドに横たわっている。

 興味深そうな、と言うより面白がっているルーレイラとは対照的に、リズとフェイは緊張した面持ちで男を見つめていた。


「彼が来たのはいつだ? どのあたりで見つかった?」

「昨日の夕方、近くの浜辺に打ち上げられていたんです。私とナタリーさんが仕事終わりに散歩してるときに、騒いでる人たちがいたので、なにかと思って駆けつけてみたら、この人が倒れていました」


 フェイの質問にリズは答える。 

 ナタリーと言うのはリズの同僚で、リズと同じく受付嬢をしている女性。

 今朝も並んで窓口カウンターに座っていた。

 ギルドの建物から歩いてすぐ行けば海であり、リズとナタリーは仕事終わりの日課として、運動不足解消に浜辺を散歩しながら談笑することが多い。


「この男をここに運んで寝かせた後に、私のところへ鳩を飛ばしたのか。寝ているのは魔法の効果か?」


 リズとフェイはお互いの住居を行き来する伝書鳩を飼っているので、在宅中であればすぐに連絡がつくのであった。

 ナタリーの魔法でとりあえず眠らせているが、そろそろ目を覚ますはずだとリズは説明した。

 昨夜遅くまで、フェイは衛士の仕事の関係で外に出ていた。鳩の手紙を確認したのは夜中である。

 朝早くにギルドに来て欲しいとリズからの手紙にあったので、若干寝不足気味である。

 しげしげと男を観察し続けるルーレイラも興味深そうに聞く。


「並人(ノーマ)の男だってのは僕にもすぐわかるけど、どうしてリズは彼が転移者だとすぐにわかったんだい? 転移者同士、なにか勘みたいなものでも働くのかなあ」

「この人が着ていた服や身に着けていたものが、たまたま私の『生きていた』時代、社会の物と似通っていたので……」

「ほうほう、となるとリズのご同郷かな? リズの出身はなんと言ったっけ、ええと『五十州連邦規格外巨大帝国』だったかな?」


 わざと言い間違えるルーレイラ。

 それを黙殺してリズは話を続ける。


「住んでいた国は違うと思いますけどね。おそらく彼は、日本の人だと思います」

「日本。それはどこの国だ」


 リズの説明にフェイはきょとんとする。


「フェイさんの『生きていた』元の国、中華から見て、東の海を超えた先にある島国ですね。細長く、いくつもの島が連なっている国です」

「あ、倭国かな。うむ、知っている。フビライ帝の時代に、元とも戦をしたんだ」


 なんとなく話だけ聞いたことはあるが、フェイにとって世間話、寝物語以上に日本について知っていることは無かった。

 それでもとりあえず知ったかぶった。

 リズもアジアの歴史に詳しいわけではないので、フェイに話すのに適した言葉、知識による説明は難しかった。

 三人は、寝ている男が身に着けていた衣服、所持品を確認する。

 衣服は水に濡れていて、まだ完全に乾いてはいない。

 上は青い生地に鳳凰の刺繍が入ったジャンパー、いわゆるスカジャンと、ロングTシャツ。


「派手な縫物の糸絵だねえ。どれだけ器用な職人が手間をかけたんだ!?」


 小型ルーペ、柄のない虫眼鏡のような器具を用いて、スカジャンの細部まで観察しながらルーレイラが感嘆する。


「おい、私にも見せろ。うお、これは見事だな……鳥の羽毛や鋭い爪、凛々しい眼光まで丁寧に糸で表現している。しかも微妙に色の違う糸を細かく交互に使い分けているぞ……」


 物欲が隠し切れないくらいに興味を抱いたフェイも、食い入るような目つきでスカジャンに見入っていた。

 コンピュータのデータを受けた全自動のミシンが施した刺繍なので、職人は手間をかけていないと思いますよ、という言葉をリズはあえて飲み込んだ。


「ハヤブサかな? きみたちの世界にはこんな赤い翼の猛禽がいたのかい?」

「いや、おそらく鳳凰という、神話の生き物だな。実在はしない」

「アジアン・フェニックスですね。エキゾチックで素敵です」


 三者三様のコメント。

 見つけたとき、有名なメーカーのデニムパンツ、いわゆるGパンを男は履いていた。

 自分と近い時代、20世紀終盤から21世紀の、北半球先進国を生きた人なのだろうとリズは思った。


「フェイさんの方が住んでいた国は近いですけど、時代は私の方がずっと近いと思います」


 リズとフェイとでは、地球で生きていた時代が、数百年も違うのだ。

 全く理解できない理屈か仕組みが働いて、この世界、リードガルドに飛ばされてくる地球人は、生きていた時代がてんでバラバラなのである。

 リズは西暦1990年代生まれの20歳だが、フェイは1340年代生まれの24歳。

 リズはアメリカ合衆国出身。

 そしてフェイはリズより600年以上昔、中華平原にモンゴル民族が打ち立てた「元」と呼ばれる国、その時代を生きた女性である。

 フビライ・ハンを棟梁に戴くモンゴル勢力が中華を支配下に置いた、あの元王朝だ。

 だから20世紀や21世紀の話は、フェイには全く通じない。

 逆を言えば、歴史にそこまで詳しいわけでもないリズは、14世紀の東アジア情勢についてほぼ無知であった。


「生きていた年代や国が近いなら、話が合うかもしれないねえ」

 

 ルーレイラは簡単に言っているが、どうだろうかとリズは思う。

 それはともかく、リズは男の衣服や所持品を眺めながらため息を吐く。

 持ち物の中に財布や免許証などがあれば、書いてある文字や数字からなにかしらわかるのだが。

 どうやらそれらの物品はないようなので、これ以上の情報を得るためには、男に目を覚ましてもらうしかない。

 リズが男を日本人だと推測した理由は、男の服についていたタグに日本語が書かれていたからだった。

 寝ている男を指差して、フェイがリズに確認の意味で質問する。


「で、この彼が流れ着いて来て、ここで寝ていることを、リズは政庁に報告は……」

「してませんよ?」


 リズはフェイの問いかけに悪びれもせず、答えた。

 政庁と言うのはラウツカ市政庁、要するに役所のことだ。

 身元不明、おそらく別の世界から人間が一人、いきなり街の中に飛ばされてきた。

 まず役所なり警察機関なりに報告するのが、市民の義務であるのだが。

 リズの言い分はこうである。


「だって、政庁の窓口、今日はお休みじゃないですか」

「そうなんだが……そうなんだが!」


 彼らが住む世界の役所にも、もちろん休みの日はある。

 自分自身が衛士という身分の役人であり、今日は非番で友人に会っているフェイにそれ以上の反駁する語彙は無かった。

 ちなみに衛士の詰所、この世界における交番のような施設は常に誰かしら働く者が詰めていて、突発的な事件事故に一応、対応はしている。

 しかし不要不急の要件で衛士を頼っても、ぞんざいな扱いを受けることが多い。


「明日、政庁の窓口に行ってくれ」と無碍にあしらわれること必至だ。


 暴行傷害に関わることであれば、血気盛んな衛士が頼みもしないのに一々、しゃしゃり出てくるのではあるが。

 本日は非番であるはずの隊長さまがそうであるように。


「はっはっは、ギルドの窓口は今日も休まず営業中。みんな働き者で頼もしいことだよねえ」

「ルーも、もう少しまじめに仕事してください」

「ぎゃふん、藪蛇だったようだ! ともあれやっこさん、僕らが騒いでいるからか、目を覚ましそうなんだけれどね」


 ルーレイラが言うように男はうめき声を上げながら体をわずかに動かした。


「う、んー……」


 徐々にその瞼が上がる。

 目覚めていきなり暴れられては困るので、フェイは警戒しながら男の一挙一動を凝視する。

 ゆっくりと上体を起こした男は、多くの寝起きの人間がそうするように首や頭をボリボリとかき、大きなあくびを放つ。

 そして、知らない天井と、知らない壁と、知らない女二人。

 タイプは違うがともに結構な美人である。

 おまけで、ボサボサ赤毛の耳が長い、片目が隠れた妖怪のような奴を一瞥して。


「夢か……」


 とだけ言い、二度寝の体制に入った。


「夢じゃなーい! 起きろーっ!」


 フェイが大声で叫んで男の毛布を引っ剥がし、ルーレイラが爆笑。

 トランクス一枚だけの男の姿から、リズは苦い顔で目を逸らした。

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