番外編だが番外ではない

ボーイ密ガール

「うっすうっす」

街を歩いているだけで遭遇率が高い人がいる。それが今では元恋人である暇人茶目娘こと九ノ瀬めぐみである。

「えーっと、どちら様?」

怪訝な顔で応える。一瞬空気が固まる。

「あー、覚えてない?義久よしひさだけど」

そうだよな、お前バカだもん覚えてないよな。その言葉は飲み込んだ。今はそんな間柄でもないのだからさすがに弁える。

「……あー!思い出したわ!君ね!例の、変な人!」

おーっと、そのノリで来たか。


「やるな。お前バカだから覚えてないだろうと思ったのに」

「見下すような言い方、そういうの嫌なんだよね」

急な冷めた口調、ツンと来る棘を感じた。ちょっとだけ罪悪感。おふざけできる距離を失うとはそういうことなのだろう。それと同時に彼女の本音でもあったのかもしれない。


「なしてこんなとこにいるのさ、帰省?」

「ДаДа」

「マジで第二外国語マウントいらないんだけど」

「いや、時々ロシア語でなんとかっていうラノベの影響だが」

「まぁそんなとこだろうね。んで、どこ行くの?」

「未定。飯でも行くか」

「んなら月見バーガー!」

「さすが。それしかないよな」

図らずとも変なところで以心伝心しているのである。こんなにツンツンしながらも乗り気な彼女は何を考えているのか全く読めない。


月見バーガーとシェイクを頼んで、俺はポテトも頼んだ。こうして向かい合って食べるのは久々だ。


彼女はほとんど目を合わせてくれなかった。それもそうだ。あんなこと、こんなことがあったのだから。


知り合いの先輩たちが付き合ったこと、元クラスメイトたちが別れたこと。デリケートな話題の淵をなぞるような他人事の恋バナが続いた。最初は「ふーん」ばかりだったのが、だんだんと愛想笑いを浮かべるようになり、やがて懐かしいその笑い方を見せるようになった。氷のようにカチカチになった関係は、少しずつ液体になりつつある。


ほとんど同時に食べ終わりトレイとゴミを片付けると、再びぎこちなくなってしまう。突撃デートみたいなものだから仕方がない。


「どーする?」

「あ、」

なんとなくエスカレーターを降りた先にゲームセンターがあったのだ。コースに迷ったらそこに頼るしかない。


「とりあえずゲーセンって思った?思考回路が中学生男子」

痛いところを突かれた。疲れた。永遠にこやつには敵う気しない。

しかしヤンデレからツンデレに転生した彼女もまあ嫌いじゃない。


ここでゲームに走っては余計に男子中学生である。

大人しく彼女に前を歩かせると、プリクラコーナーに着いていた。

「プリクラとかもう半年以上撮ってないし、最近の機種全然わかんない」

とかいいつつも流れで撮ることになった。模擬リア充万歳。

「カップルコースと友達コースだって……どっちにする?」

「知らねえ任せた」

「んじゃ目つぶって」




やがて夕方になり、外は寒く、息を吐くと白い煙が出た。まるで二酸化炭素を可視化したように。

「もうすぐ冬だねぇ」

めぐみは遠い目をして呟いていた。

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