9時だ。問題ない。

俺は地下鉄に乗っていた。久しぶりに外に出ると、眩しすぎる日光を浴びて社会の匂いがして、不思議な気持ちになる。

緊急事態宣言は解除されても学校はまだ始まらない。出かけるなら今がチャンスなのだ。

8時52分。通勤の時間帯ではあるが、地下鉄は空いていて1列の椅子を悠々と使うことができた。目的の駅まであと3駅。もう一回くらいできるか、と、みんはやのランダムマッチを選択する。


換気のため窓が開いているようで、びゅぅんと常に風にさらされるのが気持ちいい。ただ、マスクを忘れたせいか乗客たちの視線が目につく。


あと一問で勝てるというところで

「やほーい」

間抜けた声で密な距離を詰めてくるのは。やはり。


「何してんのー?」

「みんはや」

最後の答えを慎重に入力して、無事に勝利を果たす。広告が入り緊張が緩和した。

「おー勝ったのね、おめでとう!」

いつの間に、俺のスマホを覗き込んでいた。極めて密だ。


「っでー?どこいくの?そんな格好で」

特になんでもない格好なのだが。

「鬼滅の最新刊買いに来た」


「あーなるほど!私はね、先週課題終わらせたんだよ!えらくない?」

「偉い」

実際俺はやり終えるつもりさえなかった。

というより、課題をやったとしても頭は良くはならないことが今証明された。

「んでね、自分にご褒美を買いに来たのー、カラーマスカラ欲しかったんだぁ」


カラーマスカラとは何ぞやって感じだが、まぁカラーマラカスの間違いじゃないだろうか。彼女がカラフルなマラカスを持って喜んでいるところを想像して吹いた。


「んん!?笑ったなー?全く、君は小学生なんだから!」

「は?」

「君、小学生なんだねぇ」

突然何を言い出すのか訳が分からない。俺が小学生なら相手は小学生未満だ。


「ねぇ知ってる?」

彼女は窓を指差す。

「ここ、女性と子どもの安心車両」

確かに、窓にデカデカとそのマークが貼られている。


「あ」「え……、でも平日だけって書いてあるし」

「今日平日だよ?」


「あ、まじか……」

今回は俺の敗北だ。彼女のいうことは最もだった。乗客からの視線は……、マスクなど関係なかった。私服で出かけるものだし何より久々の外出だし、すっかり休日だと思い込んでいた。油断していた。大人の男はいてはいけないのだ。


平日の始発から9時。女性と小学生以下の子どもの専用車両。かといって18歳のラインには達さないし、中高生男子って居場所ねぇなぁ。


「目立っちゃうから移動した方がいいよ」


っとその時、左手首にはめたデジタル腕時計の数字が繰り上がった。

[9:00]


「9時だ。問題ない」


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