おつかい頼んだ!

病院のベッドに軟禁されてしまった私は暇だ。暇だ暇だ。あー暇だ!


そうだなぁ、ちょっと。


私はスマホを取り出す。LINE相手はもちろん、例のね。どうせあの子も今ごろTKGでも食べてるんだろうから。


「おつかい頼んだ!『好いかも』っていう本買ってきてー あ、ブックオフのでいいから」


6分後に返信が来た。

「自分でいけよ」

「入院してるの!出歩けないんですー!」

「は?え、それほんとに?」

「嘘なんかつかないもん!ほらね!」

それっぽいのを背後に映した自撮りを添付する。一応そのために化粧したから10分くらいかかった。

「どこの病院?」

「北13条病院、3階!待ってるねー!」


さて、ほんとに探しに行くのだろうか。


次の日も、その次の日になっても、彼は現れないどころか連絡のひとつも遣さない。まぁ、仕方がないよね。町中の本屋を梯子して必死に探してるのかもしれないし、もしかしたら忘れてNetflixに夢中かもしれない。どっちでもいいけど前者の方が面白い。


ところがその次の日のお昼、

「買ってきたよー」と紺色のビニル袋を下げて彼は現れた。紺色と言っても黒に近い紺色。つまりブックオフじゃないらしい。


絶対何か間違ってる。だって私調べたもん、『好いかも』なんて本は実在しない。ない本を探して無駄足させるために、こんな要求をしたのだ。ついでに私にかまう本気度も測れるし。


それでも私は違和感をひた隠ししながら話し続ける。

「わーいありがとう!けっこう探した?」

「いや、さっきそこのTSUTAYA寄ったらたまたまあったから」

「ふーん、そんなすぐ見つかったんだぁ。TSUTAYAで、ふーん」

わざとらしく詮索しても得られる情報は少ない。


「じゃ、俺はこれから塾だから」

「え、もー行くの?今来たばっかりじゃん」

「14時からだから、もう行かんと。またな」

そう言って一瞬だけニヤッとした笑みを見せたが、その袋を置いてそそくさと出て行った。

「えぇーー待ってよ」

駄々をこねても無駄だった。


本気で他の本と間違えたのだろうか。だとしたらちょっと申し訳ない。

恐る恐る袋を開けて文庫本を取り出すと......


「いやぁーーーー!」

表紙を見て私は絶叫する。他の入院患者など気にも止めず。

こうゆう、ホラー系は1ミリたりともダメだのだ。


あいつー!私のそれを知った上でわざとこれを!


ちなみに私が頼んだのは『好いかも』という品だが、それはつまり好い鴨いいがもは、騙しやすい人という意味だ。その本を探させて、ちょっとからかってやろうと思ったのだ。更には漢字が漢字だし、不器用な告白か?とかって誤解してくれても面白かったのに。


ところが、嵌められたのは私の方だった。

あの新品文庫本、裏を見ると税抜き650円と記されている。


へぇ、私を貶めて遊ぶために随分とねぇ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る