第5話
階下へと続く階段を下ると、そこにはロックされた扉があった。扉の脇には、カードキーを差し込むための溝が切り込まれている。
「トレバー」
『あいよ』
呼びかけると、すぐにロックが外れる音がして、扉がスライドした。僕らは慎重に足音を殺しながら、扉をくぐり抜ける。
扉を抜けた先は吹き抜けの広大な空間が広がっていた。壁面には三層になった通路が設置されていて、階下にはヘリが鎮座していた。右手側の壁面は巨大な開口部になっていて、そこからヘリが離着陸をするようだ。通路には手すりしかなく、見通しがいい。それは僕らの姿が格納庫のどこからでも丸見えであることを表していた。薄暗い照明のおかげでどうにか紛れ込めているものの、長居は厳禁だ。
『目的のブツはその更に下にある。ノアがいる場所の真下にエレベータがあるはずだ。それを使うんだ』
見取り図とにらめっこしているであろうトレバーの指示に従って、僕らは行動を開始する。今は誰も使わないからだろう。見張りの兵士はいなかった。だから、周囲の警戒はしつつも、僕らは大胆にエレベータを目指して進んでいく。
エレベータへはあっさりと辿り着いた。電子ロックされた扉と同じく、カードを通す切れ込みがある。しかし、僕らにそんなものは必要ない。トレバーに声をかけ、エレベータを使用可能にする。そして、そのままさらに深い地面の下へと降りていった。
最下部に辿り着いたとき、僕は言葉を失った。
地下室には合計三体の人体が安置されていた。柱のように床と天井を繋いでいる筒は液体で満たされ、色とりどりの管を体中につけた人間がその液体の中で眠っていた。まるで人体実験だ。いや、まるでじゃない。これは正真正銘、本物の人体実験だ。そして予備でもある。マーシャがなんらかの理由で命を落としたとき、この体のいずれかが動き出し、マーシャとして再び活動を開始する。想像するだけで気味の悪い話だ。マーシャはこんな設備まで作って、いったいなにがしたいのだろうか。
とはいえ、僕らの目的はマーシャの目的をマーシャ共々葬り去ることにある。この体の主には申し訳ないが、彼らが生きながらえてしまうことはすなわち、マーシャを取り逃すことになる。それでは、僕らの目的を達成することができない。だから、僕は改めて、彼らに死んでもらうことに決めた。もともとそのつもりだった。やることはなにも変わらない。
「やろう」
テメルに声をかけて、僕らはC4を仕掛けていく。円柱の根本のカバーを外す。そこには彼らを生かすための装置が詰まっている。僕はそれらに紛れ込ませるように、C4を設置する。カバーを元通りにはめ込めば、外観からはそこにC4が仕掛けてあるなんてわからない。この設備そのものを破壊する必要はない。マーシャの次の体が機能しなくなればそれでいい。だから、C4の設置はそれだけで十分だった。
設置はものの数分で終わった。最後にカバーが元通りになっていることを確認して、僕らは地下室をあとにする。テメルも後味の悪そうな表情をしていた。あの光景は、まるで人としての尊厳を踏みにじられたような気分にさせられる。あの円柱に収められているのは人だが、扱いはまるでモルモットだ。ただの代わり。代用品。代替。そんなものを、そんな光景を、そこから透けて見えるマーシャの身勝手さを見せつけられて、なんの感情も抱かないわけはない。僕らの中にあるこの感情は、いったいなんなのだろうか。怒りか、憎しみか。うまく言い表すことはできそうにないけれど、それがどす黒い感情であることだけはわかる。僕らはそんな黒い感情を抱えて、エレベータに乗り込んだ。
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