第3話
出発は夜になった。闇夜に紛れて、僕らは軍用車で基地をあとにする。運転はテメルに任せて、僕は助手席で夜風を浴びている。
基地の混乱は依然として続いたままだった。不確かな情報。指揮官の不在。それらがもたらす指揮系統の混乱と隊員たちの迷走は、一向に止む気配がなかった。しかし、おかげでたっぷりの銃器と弾薬、それから車を持ち出すことができた。もちろん、銃器だけじゃなく、無線機器やら防弾装備、食料も合わせて持ち出した。どれもこれもテメルがいなければ確保できなかったものだ。そもそもそんなものを持ち出すことすら頭になかった。どこかで確保すればいいと思っていたのだ。けれど、まずマーシャから隠れるのであれば、武器業者や紛争地域からは離れたほうがいいと、テメルが教えてくれた。そういったところから情報が漏れかねないからだ。だから、ひとまず必要になりそうなものはすべて基地から拝借したわけだ。結局、大荷物になって車が必要になり、運転ができない僕の代わりにテメルが車を駆っている。
運転。以前、ライアンは自動車を購入したことがあった。僕らが便利屋として働くために、足として活躍してもらうためだ。自動車があれば、移動が楽になり、行動範囲が広がる。そうすれば、より広範囲の仕事を受けることができるようになるからだ。どうせとんでもない用途にしか使わないし、オートマチック車なら操作自体はそう複雑じゃない。それに、無免許運転を取り締まるような警察組織も、今の所はない。そういうわけで、僕らは運転免許は取得しなかった。
「うん、まぁこんなもんか」
だから、購入したバンをすぐさま順番に運転した。まず初めにライアンから。勘のいいライアンは運転も卒なくこなした。乾燥した硬い大地はごつごつしていて、決して運転しやすい路面ではないはずなのに、ライアンは少しもふらつくことなく、難なく自動車を操ってみせた。
「前にも運転したことあるの」
ほどなくして車を止めたライアンに訊いてみた。
「いや、今日が初めてだ。操作方法自体は聞いたことあったけどな」
そう言って、運転をトレバーに代わった。
「じゃあ、行くよ」
トレバーはそう宣言して、アクセルを勢いよく踏みつけた。
「おっと」
途端、がくんと揺さぶられ、急発進によって発生したGでシートに体が押さえつけられた。しかし、それもすぐさま弱まる。
「ごめんごめん。アクセルって意外と強く踏まなくていいんだね」
それからは、トレバーも涼しい顔をして運転を続けた。もともと機械の扱いには長けていた。自動車が同じ感覚で運転できるのかどうかはわからないけれど、それでも、ハンドルやアクセル、ブレーキの感触から、なんとなく感じ取って運転に反映できるようだ。だから、ライアンほどとは言えないまでも、十分な運転技術を見せた。
「これならなんとかなりそうじゃない」
トレバーは自慢げに言って、運転席を降りた。
「まぁメインの運転手はお前じゃないけどな」
助手席からライアンが声をかける。ライアンの計画では、バンはこれから少し改造されることになっている。後部座席を取り払って、大量の電子機器を詰め込むのだ。どう改造するかはトレバーに一任されている。つまり、トレバーの移動要塞というわけで、トレバーは運転よりもその要塞からのサポートに徹することになる。あとは必要な武器が積み込めたり、武装した状態で乗車できれば十分だから、僕やライアンの要望による改造は特に必要ない。と言うより、もう済ませてあるそうだ。
「車体より高かったぞ」
ライアンがそうこぼしたのは、ガラスやボディをすべて防弾仕様に改造したからだ。とはいえ、ボディに関しては、外装の下に鉄板を増設しただけだ。ハンドガンやサブマシンガンならまだしも、ライフルなんかで撃たれたらどうしようもない。ないよりはマシといった程度だ。
「だから、大事に運転してくれな」
ついに僕の番がきた。トレバーと運転を交代する。運転席に座って、ブレーキを踏みながらキーを回す。ぶるんと車体が揺れて、エンジンがかかった。ここまでは教えてもらったし、ライアンとトレバーの操作も見ていた。だから、難なくこなせた。
しかし、問題はそこからだった。
「やめろっ、ノアッ、もういい、止めろっ」
「ノア……止めて……吐く……」
運転を始めて十分足らずで、ライアンに制止されてしまった。自分では丁寧に運転しているつもりだったし、実際うまく運転できているつもりだったのだが。
「おえっ」
車を止めた瞬間にトレバーが飛び出して吐いてしまった。助手席に座ったままのライアンも、大きく息を吐いている。こっちは吐き気をこらえるためというよりも、安堵のほうが大きそうだ。ライアンは額に浮いた汗を袖口で拭うと、僕を見た。
「ノア。悪いが、これからは運転は俺に任せてくれ。ノアは任務に集中してくれればいい」
そう言って、すぐさま運転席から後部座席に移動させられてしまった。それ以来、僕は運転をさせてもらえなくなった。どうやら僕は、壊滅的に運転が下手くそだったみたいだ。
「これからどうするの」
運転席のテメルから声がかかる。ぼんやりと昔を思い出していた気分を引き戻した。
「車を取りに行く」
今しがた思い出していた記憶をもとに、提案する。
「車なら、今乗ってるじゃない」
事情を知らないテメルは、戸惑ったような声を出した。けれど、それに反して後部座席から明るい声がかかる。
「トレバーが改造した車ね」
「うん、そう」
試運転のあと、トレバーはちゃんと改造を完了させた。渾身の自作電子機器を詰め込んだ、特製の電子要塞だって言ってたっけ。あれがあれば、ネットワーク経由の活動はしやすくなるはずだ。問題は使いこなせるか、そしてまだ使えるのか、だけれど……。
「テメル、パソコンは使える」
僕はそっち方面はからっきしだ。クロエも触ってるところを見たことがない。オリビアはどうだか知らないけれど、今までの環境からしてパソコンに満足に触れられたかは怪しい。そうなると、残るはテメルしかいない。脱出から運転までテメルに頼り切りだが、できないものは仕方ない。
「ごめん、私もそっちは疎くて……。初歩的なことしかできない。部隊でやっていたような、ハッキングとか高度なことはできない」
しかし、その期待も泡と消えた。確かにテメルは実行部隊。電脳戦に耐えうる技術なんて、持っているわけはない。
「私できるよ」
また唐突に後部座席から声が挙がった。
「……どっち」
「オリビア」
「……なんで」
驚きのあまり、片言になってしまう。まさか、オリビアに電子機器の扱いができるとは思わなかった。ずっと施設にいたと聞いている。そんなところで、オリビアに自由はなかったはずだ。それなのに、どうしてパソコンの扱い方、それも高度なサイバーテクニックを持っていると言えるのだろうか。
「逆。ずっと施設にいたからだよ。なんだかよくわからなかったけど、施設の人たちは私にその手の検査もしてたの。記憶力と論理的、数学的な思考力、それから統計学の諸々まで。それで、何重にも厳密にプロテクトがかかったサーバにハッキングしてみたりとか、いくつものサーバを経由して足跡がつかないように機密情報を盗み出したりとか」
「……」
声も出なかった。オリビアにそんなことができるなんて。というか、トレバーといい勝負だ。詳しくはわからないけれど、トレバーも似たようなことを言っていた。そうして情報を集めて、仕事を受けたり、安全にこなしたりしていたんだ。それと同じことを、オリビアができる。それなら。
「だから、私になら使えると思う」
「それなら決まりね」
呆然とする僕に代わり、テメルが朗らかに言う。
そうして、僕らの第一の目的地は決まった。トレバーが遺した改造車を手に入れる。MSCの襲撃によってすべてを失ってから一年。僕はついに、その現場へ戻ることになった。
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