第10話

 それから僕らはいくらかの時間を共に過ごした。

 訓練のあるときは、オリビアはいつでもついてきた。そして、僕がテメルにいいようにあしらわれるのを、楽しそうに眺めていた。なにがそんなに面白いのか、僕にはいつまで経ってもわからなかった。

 空いた時間はよく散歩にでかけた。と言っても、歩き回れるのはせいぜい基地の中だけだ。それでも、基地は広大で、僕らはいくら歩きまわってもちっとも全容を掴んだ気持ちにはなれなかった。つまり、どれだけ歩いたって飽きることなく歩き続けることができた。そして、その最中も、オリビアは始終ニコニコと微笑んでいた。




「ねぇ、どんな感じなの」

「なにが」


 ある夜。すでに日課となっていた食後の散歩にでかけた時だった。基地の隅にある資材置き場でコンテナによじ登って星空を眺めながら聞いてみた。


「自分の中に、自分じゃない誰かがいる気分」


 当然だけれど、僕には僕の意思しかない。ライアンもトレバーも、思い出の中にはいるけれど、意思を持って語りかけてくることはない。だから、ふと不思議に思った。いったい、どんな感じなのだろう。自分じゃない誰かの記憶を持っている気分っていうのは。


「う~ん……きっとノアが思ってるような違和感は、感じてないかな」


 オリビアが顎に指を当てながら首を傾げる。


「自分じゃない、っていう感覚が、そもそもないの。だって、この記憶は私の経験そのものだもん」


 オリビアは柔らかい口調で続ける。


「確かに、オリビアから見たクロエの記憶は他人の記憶かも知れない。でも、私の主体はオリビアだけじゃない。クロエでもあるの。だから、クロエの記憶をクロエから見ることもできる。そうすると、それは紛れもない自分自身の記憶になる。私にとって、その両方が私自身の記憶で、経験で、そこから発せられる意思は、どちらも私のものなの」


 言い切ったオリビアは、なんだかすっきりした顔つきをしていた。


「じゃあ、あんまり苦労してない」


 訊いておきながら、苦労っていったいなにを指すんだと自分を叱りそうになった。それでも、オリビアは微笑みを絶やさずに答えてくれた。


「うん。苦労なんてしてないよ。だって、どっちも私なんだもん」


 その笑顔を見て、あぁ大丈夫そうだな、なんてひとりで安心した気になっていた。


「ねぇ、そういえば、覚えてるかな。トレバーが大失敗して、ライアンにも、私にも怒られて、凹んじゃった事件」


 そうして、オリビアは楽しそうにクロエの思い出話を始めた。

 こんな日々を繰り返す中で、いつしか僕は、そのオリビアの微笑みの中にクロエの面影を見るようになっていた。

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