第4話

 それから次の任務に備えて、僕らは訓練を繰り返した。武器の扱いや近接戦闘の訓練。閉所での制圧訓練。降下訓練。水中での潜水、遊泳訓練。過酷ではあったけれど、できることは日々増えていった。訓練ではいつもテメルと組まされた。今ではもう、テメルに脅迫を仕掛けようなんて微塵も思わない。簡単にひねり倒されるのが目に見えてわかる。


 けれど、そうして訓練をするたびに思い出すことはライアンのことだった。ライアンはどこで仕入れてきたのか、僕によくこういう技術を仕込んでくれた。おかげで、今まで便利屋として遭遇してきたいくつも危険な場面をくぐり抜けてこられたのだと思う。


 僕らの街を焼き払った部隊は、先日の作戦で幹部を逮捕したことによって壊滅した。MSCは企業としての終焉を迎え、そこに所属する兵士たちは散り散りになっていった。ある者は別のPMCに再就職し、ある者は戦場を去った。


 だから、僕の目的はすでに達せられてしまった。僕らの街を焼いた首謀者を逮捕したことで、もう僕に残されていたものは消化してしまっていた。それなら僕は、いったいなんのためにこんな訓練を受けているのだろう。その疑問は、日々膨らんでいく。しかし、事態は収束指していないようにも思えていた。確かにMSCは壊滅した。けれど、その裏にあるなにかは残っているようにな気がした。だが、それは一向に姿を見せない。僕はいったい、なにを目指して走り続けているのだろう。


 しかし、僕のそんな悩みなどにはちっとも関係なく、また新しい任務が始まった。また別のPMCが村を襲撃する事件が起きたのだ。国連から逮捕状が発行され、PMC専門の部隊である僕らに捕縛命令が下った。



 そういうわけで、今僕は、PMMの駐屯地があるイスラエルからアフガニスタンへ向かう輸送機の中にいた。輸送機の中では僕らチーム32に加えて四つの隊が詰め込まれていた。総勢二十人にもなる。どうしてこんな大所帯なのかというと、PMCによる襲撃が現在進行形で実行されつつあるからだった。というのも、逮捕状が発行された時点でひとつの村が焼き払われた。そうして僕らの派遣が決まったわけだけれど、その最中に別の村への襲撃を計画していることが明らかになったのだ。つまり、今回の任務にPMCの代表の捕縛に加え、襲撃の阻止も加わったのだ。判明した襲撃計画では、部隊の規模は小隊程度だという。厄介ではあるものの、僕らには航空装備もあるわけだから、戦力比としては僕らのほうが有利かもしれない。


〈降下十五分前。敵対空砲火および地対空ミサイルの反応なし。敵捕捉を順調に回避して航行中。異常なし〉


 機内にいるオペレーターから通信が入る。僕らはアフガニスタンへ高度一万メートルから落下する。高高度降下低高度開傘だ。少し訓練期間は短かったものの、空挺隊員の資格は手に入れていた。初めて降下訓練は緊張したものの恐怖感はなかった。むしろ、高高度からの降下は心地いいくらいだった。恐怖感でいえば、ライアンと登った岩壁のほうが怖かった。手を滑らせてしまえば地表に真っ逆さまだからだ。命綱もなにも使っていなかった。己の身ひとつだけが頼りだ。それに比べて、HALO降下にはパラシュートがある。事前に点検もする。だから、恐怖を感じるようなものではなかった。


〈降下十分前。酸素マスクを装着〉


 機内オペレーターの声にしたがって、酸素マスクを被る。目玉の大きな象みたいな、不格好なマスクだ。とはいえ、高高度では酸素も薄く、気温も低い。おかげで、ごてごてした高高度用の特殊兵装が必要になったりする。酸素マスクもそのひとつだし、着用しているBDUもそれに適したものだったりする。動きづらいから好きではないのだけれど、だからといって凍傷になっていたら元も子もない。僕らは現地でPMCを制圧、代表を逮捕することが仕事だ。降下して終わりではない。


〈降下三分前。機内減圧完了。高度センサー確認〉


 右腕に装着した高度センサーに目を向ける。気圧式のセンサーは腕時計のような外観で、文字盤の中央にダイヤル式の表示盤がついている。そのダイヤルをセンサー横のつまみで操作し、三百メートルにセットする。グローブをしているせいかやりづらい。


〈降下一分前。後部ハッチ、開放〉


 鉄が擦れる音がして、カーゴ後部が開いた。途端、強烈な風が舞い込んでくる。風切り音と輸送機のエンジン音ですべての音が塗りつぶされた。空は暗く、夜の闇に包まれている。しかし、雲の上を行く僕らからは、星がよく見えた。


『作戦地域へ降下後、キャンプを包囲。PMCの兵士を無力化し、代表を逮捕しろ。作戦終了後、回収用機を回す。新たな虐殺を止める作戦だ。頼んだぞ』


 無線で隊長から激励の言葉を送られる。


〈降下十秒前。カウント開始します〉


 しかし、それについて感慨を抱く間もなく、オペレーターがカウントを開始する。


〈五秒前。……ツー、ワン、マーク〉


 その合図とともに、僕らは一斉に空へと飛び出した。高度一万メートルからの自由落下。隊長の言う通り、新たな地獄を生み出す前にその元凶を叩く。必ずやり遂げよう。ライアンなら、そう言う気がした。

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