第18話

 残りのMSCの幹部連中はもれなく逮捕された。逮捕できなかったのは僕らだけということになる。とはいえ、それはそれほど重要なことではない。僕らの突入によって、MSCは解体された。これで無意味な虐殺を行うPMCをひとつ潰せたことになる。だから、僕らが戦った成果はしっかりと挙げられているわけだ。


 ところがひとつだけ。解決しなければならない問題が増えてしまった。


 僕だ。僕が戦う理由だ。


 僕はクロエを失った。ライアンを、トレバーを失った。帰る場所を失った。だから戦った。復讐する。それが僕の戦う理由だった。そのために強引にPMMに入り込んで、訓練も受けた。けれど、MSCが解体した今、僕にその原動力が残されているかというと、微妙なところだった。

 作戦を指揮したであろうMSC代表は死んだ。幹部連中は逮捕した。きっともう、獄中から出てこられる見込みはないだろう。つまりは、僕が向ける復讐の矛先がいなくなってしまったことになる。そうなると、僕が戦う理由はもうない。


 PMMについて、テメルはなんて言ってたっけ。PMCの活動を監視すること。行き過ぎた武力の行使が行われないようにすること。それはつまり、世界の、とりわけ紛争地帯の平和を守ることだ。武力を持たない非戦闘員である民間人が、謂れのない暴力にさらされないように守ること。それが、PMMの役割であり、使命だ。けれど、僕はそれらに興味がない。世界の平和だなんて、正直どうでもいい。世界がどうなろうが、知ったことではない。僕が守りたかったものは僕の平和であり、クロエの平和であり、ライアンやトレバーがいる日常だった。


 ライアンならなんて言っただろうか。僕がこうしてこの部隊にいることを、僕がこうして考えていることを聞いて、ライアンはどう答えるだろうか。考えてみても、その答えはちっとも思い浮かばなかった。そういえば、僕はライアンにその手の質問をしたことがなかった。なぜなら、ライアンに従っていればこんなことを考える必要はなかったからだ。ライアンはいつも正しかった。選択はいつもライアンがしてくれていた。ライアンが出した答えが、つまりは僕のやるべきことで、進む方向になっていた。でも今はライアンはいない。だから、その答えは僕が自分で出さなくちゃいけない。僕はどうしたいのだろう。僕はどうしたらいいのだろう。


 部屋を見回してみた。殺風景な部屋だ。僕が今腰掛けているパイプベッドの他には、小さな作り付けの棚がひとつあるだけ。その棚にはなにも入っていない。つまりは、僕の部屋にはなにも自分のものがない。部隊からの支給で衣食住は満たされているし、他に必要なものはなかったから買い物に行ったこともない。なにもない部屋。空っぽの部屋。そんな部屋を見回して、なにかを見つけるなんてありえないことだった。なぜなら、この部屋にはなにも、見つけるものそのものがないのだから。

 そのとき、自室のドアがノックされた。


「よう」


 答える前に開けられたドアの隙間から、テメルが顔を出した。


「部隊長からお使いを頼まれたんだ。ノアも非番でしょ。気晴らしに一緒にどう」


 キーホルダーに繋がった鍵を指でくるくると回しながら言う。なんだかキザな仕草だけど、テメルなら似合う。


「いいよ」


 どうせ部屋にいてもなにもすることがない。それに、今はほかにやることがあったほうが気がまぎれる。テメルの言う通りだ。気晴らしに、僕はテメルに付き合うことにした。

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