第17話

「なにやら騒がしいと思ったら。君たちは誰だ」


 ユイ・アーヴィンは僕らに背を向けたまま、そう言った。僕らは気づかれないように細心の注意を払って部屋へ侵入したつもりだった。事実、背後に立って銃を突きつけるまで、彼はなんの反応も示さなかった。それが、間際になって気づかれてしまった。


「国連よ。あなたを逮捕する」

「ほう。世界のためと銘打ちながら、所詮常任理事国の覇権争いの場でしかない国連が私を」


 言うと、椅子を回して振り返った。その目はいやに落ち着いてる。


「おや、そこの君は」


 その目が僕に向けられる。睨めつけられているわけでもないのに、隅々を調べられているような、心地の悪い目つきだ。


「オリビアは元気かな」


 瞬間、腹の底でなにかが爆発した気がした。黒い塊が喉元までせり上がる。


「なんでお前がそれを知っているっ」


 思わず掴みかかっていた。椅子ごと押し倒して、馬乗りになる。


「聞かされていないのか。それとも、そこまでたどり着いていないのか。どちらにせよ、やはり国連などという形骸化した組織は当てにならないね。実験が思わぬ副産物を残してくれたと言うべきか」


 ユイはなおも飄々と続けた。


「君には悲しい思いをさせてしまったかもしれないね。けれど、あれは必ず返してもらう」

「まさか……」


 隣でテメルが息を飲む。


「勘のいい彼女は気づいたようだね。そう、あの襲撃は我々の暴走ではないよ。我々の元から脱走したオリビアを奪還するための作戦だった。国連の介入で失敗してしまったようだがね」


 そういう意味では、我々も一度は敗北してしまったわけだ、と笑った。


「どうして彼女が必要なの」


 MK17を突き付け、テメルが問う。ユイはなおも不敵に笑う。


「私がすべてを喋ると思うかね。あの作戦を打ち明けたのは、生き残ったこの少年へのせめてもの償いだ。なにも知らずに憎悪を貯めこむことほど、辛いことはないからね」


 肉を打つ鈍い音がした。右の拳がじんじんと痛む。

 気づけばユイを殴っていた。


「いきなり殴るとは。せっかく教えてあげたというのに」

「お前に同情されるいわれはない。お前はここで死ぬ」


 腰からグロッグを抜いて、額に突きつける。


「憎しみで任務を放棄するのか。まぁ今私を殺したところで、所詮意味のないことだが」


 観念したように目を閉じる。


「まぁいい。最後にひとつ、教えてあげよう。ただし、意味は自分たちで考えてくれたまえよ」



「個人を紛れもなく個人だと規定するものは、いったいなんだろうね」



 そう口にした瞬間、ユイはかっと目を見開いて、馬乗りになった僕を弾き飛ばした。弾みで壁に激突する。反撃に備えて即座に体勢を立て直すも、しかし彼は死んでいた。苦悶の表情を浮かべ、口角から泡を吹いている。テメルがその首元に手を当てて、脈を取る。


「死んでる」


 言って、テメルが耳元に手を当てる。


「こちらアルファ。やられた、自殺されたよ」

『承知した。遺体だけでも持ち帰ろう』

「了解」

 報告が終わると、テメルは立ち上がった。


「ごめん」

「いいよ。こいつが死んだのは想定外だったけど。歯かなにかに毒物でも仕込んでたんだろう。そんなの防ぎようがない」


 そう言って、テメルが頭を小突いてくれた。

 それにしても、なんだかおかしな話になってきたね、とテメルは思案顔で呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る