第14話

 PMMに入隊が決まってから一週間後。僕は退院した。経過は良好、後遺症もなし。なんの問題もない。

 そして、やっぱりあの夜以降、オリビアの姿は見ていない。


 退院してすぐさま訓練が始まった。

 銃器の扱いやら戦闘の基本やらは、ライアンから散々教え込まれたおかげか、ある程度はこなすことができた。しかし、体力、判断力、連携など兵士としての技能は、テメルたちにはまったく及ばなかった。ライアンとしか組んでいなかったから、他の人だと勝手がわからない。訓練のほとんどは、その感覚をつかむために費やした。


「さて諸君、仕事だ」


 訓練に精を出して一か月が経った頃。狭苦しいブリーフィングルームに、僕らは集められた。ちなみに、僕の所属は執行部第三特務第四班だ。長ったらしいから、普段はチーム34と呼ばれているらしい。ひとつの班は六名で構成されていて、第三特務は第四班まである。ブリーフィングルームにはもう一斑、同じ執行部第三特務の第三班がいた。どうやら、二チームでの合同作戦のようだ。

 薄暗い部屋の前面、ホワイトボードにはプロジェクターによってある建物が投影されていた。切り立った崖のふもとに隠れるように建つそれは、崖を下る川に挟まれ、その向こうは木々が生い茂る森になっていた。一見するとただの保養地、真夏の猛暑を避ける避暑地のような優美さを備えている。


「ようやく逮捕状が下りた。我々は三時間後、MSCの幹部三名を逮捕、連行する」


 ホワイトボードの横で部隊長が宣言した。

 僕はそれを聞いて、ぐっと拳を握りしめる。やっと、だ。やっと奴らに引導を渡すことができる。


「追跡調査の結果、本日午後八時にMSC代表と幹部二名の会合が開かれることが分かった。その開催場所がここだ」


 一同の視線が投影されている建物に移る。


「場所はシリア西部の山中だ」

「PMCの所有物件にしては、なんだか豪奢ですね」

「もともと個人所有の物件だったが、MSCが買い取ったようだ。周囲は森に囲まれ、秘匿性が高い。こそこそするにはうってつけだ」

「なるほど」


 投影されていた映像が三人の顔写真に切り替わった。良くも悪くも凡庸な、どこにでもいそうな中年男性だった。兵士というよりは、一般の会社員という印象のほうが強い。だが、この三人が僕らの街を焼き尽くした元凶だ。兵士かどうかなんて関係ない。


「なんか、普通のおっさんだな」


 隣でテメルがぼやいた。どうやらほかのメンバーも同じ感想を抱いたようで、顔写真を眺めながら頷いている。

 そのぼやきに部隊長が答えてくれた。


「彼らは兵士じゃない。経歴を調べたが、大学を卒業後、全員が兵站管理担当として入社している。戦場からのたたき上げというよりは、デスクワークで出世した部類だ」


 部隊長が改めて全員に向き直る。


「左から、代表のユイ・アーヴィン、部隊の指揮を執る幹部、チェイス・コリンズ、レイモンド・ヒルの三名だ」


 続いて、映像が屋敷を俯瞰で撮影した衛星写真に切り替わる。


「作戦開始時にヘリで作戦領域外から降下する」


 屋敷から五キロほど離れた地点にバツ印がつけられた。そこから点線が伸び、行軍ルートが示された。


「徒歩で屋敷へ接近。崖上から屋内へ侵入し、対象を確保する」


 再び屋敷から点線が伸び、降下地点の反対側に新たにバツ印がつけられた。


「対象を捕縛後、リカバリーポイントにてヘリで回収する。第三班は経路の確保と警戒、対象の確保は第四班で行う。作戦内容は以上だ」


 部隊長が隊員たちを見回した。

 すると、ひとりの隊員が手を挙げる。


「連中の兵力は」

「極秘の会合ということもあって、最小限に限られているようだ。しかし、連中も戦争のプロだ。少数精鋭を揃えてくると考えている」

「それは、やり合いたくないですね」

「その通りだ。我々は連中を確実に確保する必要がある。ゆえに、本作戦には隠密性が求められる。誰にも見つからず速やかに対象を確保してほしい」


 再び、隊長が部隊の面々を見渡す。もう誰からも質問は出なかった。


「出発は三時間後だ。各自、装備を整えておくように。連中が雁首揃える機会はそうそう巡ってくるものじゃない。確実に押さえたい。頼んだぞ。解散」


 隊長の号令を受けて、隊員たちがブリーフィングルームを後にする。その列に続きながら、僕は改めて拳を握りしめる。

 ようやく辿り着いた。必ずこの手で摑まえる。絶対に。

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