第12話

「お、ギプスとれたみたいだね」


 入隊を志願してから三日。A4サイズの茶封筒を持ったテメルが訪ねてきた。


「あぁ、うん」


 ギプスが外れた右手を握ったり開いたりしてみる。特に違和感はない。きれいに治ったみたいだ。


「変な後遺症もなくてよかったね」


 言いながら、テメルは窓際の椅子に腰かける。そして、持参した茶封筒を差し出した。


「入隊に関する諸々の書類よ。提出が必要な書類もあるから、忘れずに」


 茶封筒へ目を落とす。表も裏にもなにも書いていない。そっけないが、それは分厚くて、ずっしりと重みを感じた。


「これから忙しくなるよ。いくら実戦経験があるとはいえ、所詮素人。作戦までにみっちり叩き込んであげるからね」

「この前の件で処罰は……」

「なしよ。あれは、ここだけの秘密。あ、それから、身元保証人は私がサインしといた。だから、この前みたいなことはもうなしね」


 テメルは冗談めかして笑った。

 なにからなにまで、世話になってしまった。これでは頭が上がらない。


「国連の平和維持活動局DKPOの下部組織、軍事力適正運用監視機構に属する、PMC専門の監視組織。それがPMM私たち。そして」


 テメルが右手を差し出す。


「これからはノアの居場所。ようこそ、PMMへ」


 その右手を見やる。これを掴めば、僕は晴れてPMMの隊員、軍人になる。そこに迷いはない。僕の目的は、僕の家族を、クロエを殺した奴らを捕まえる。この手で、必ず。


「ありがとう。よろしく」


 テメルの右手を握り返す。


 不意に黒い思いがすっと心に忍びこむ。

 捕まえる。逮捕する。僕はそれで満足なんだろうか。僕はなにもかもを失った。家族を失った。連中を逮捕したら、きっと身柄は上層部へ引き渡される。僕らに彼らをどうこうする権利は与えられないだろう。連中がどういう罪状を言い渡され、どういう刑罰が下されるのか、それを決める権限を、僕らは、僕は持たない。

 それで本当に満足なんだろうか。それで、クロエたちへの手向けにできるのだろうか。その答えは結局得られないままだった。

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