第11話
ベッドから転げ落ちるようにテメルに飛びかかる。
「わっ、ちょっ」
突然の出来事にテメルは反応が遅れた。僕に襲われるなんて微塵も思っていなかっただろう。だけど、僕もそれほど善良ではない。目的のためなら、生きるためなら、なんだってする。そうやって生きてきたんだ。
足を払って引き倒す。リノリウムの床に骨が当たる音がした。うつ伏せにして、腕をねじり上げる。素早く腰のホルスターからハンドガンを抜き、後頭部に突きつける。Mk23とは。女性なのにこんな重い変態銃を使ってるんだ、と思った。
「動くなっ」
同僚が大腿部のホルスターから銃を抜いて突きつける。こっちはM92だ。装備は個人の好みに任せているだろうか。統一されていないほうが管理が大変そうだ。
「それはこっちのセリフ。変なことしたら撃つよ」
同僚へ脅しをかける。テメルは身動きができないはずだ。うつ伏せにさせられた上に背中に乗られ、腕をひねられている。僕は体の半分がベッドに隠れている。同僚までは三メートル弱。飛びかかるにしても距離がありすぎる。
「僕も連れて行って。奴らは僕が捕まえる」
「訓練もしていないあなたが」
顔を床に押し付けたまま、テメルが呻く。
「実戦経験はある。それなら文句ないでしょ」
「大ありよ。仲間にこんな仕打ちをするなんて」
「仕方ないじゃないか。そうでもしないと、テメルは話を聞いてくれないだろう」
「いい度胸ね」
テメルが不敵に笑う。
「僕はもう十九だ。戦場に出ても文句は言われないだろう」
「それはそうね。条約では十八歳未満の徴兵は禁止されているけど、十九歳なら可能ね」
わかった、とテメルは諦めたようにつぶやいた。
「エニス、隊長を呼んで。直接交渉したほうが早そうね」
言われて、同僚、エニスは銃口を僕に向けたまま、無線機を取り出し連絡を取る。
「ほう、こりゃまた。テメル、情けないやられっぷりだな」
事情を聞いた隊長とやらは数分でやってきた。
「ノア、だったかな。要求を聞こうか」
その目がこちらへ向けられた瞬間、少しだけ背筋が震えた。丸腰で、ただ入り口から入ってきただけなのに、ぴりぴりとした緊張感が伝わってくる。グリップを握る手に力が入る。
「僕の同行を認めて」
「なぜ」
「奴らは僕が逮捕する」
「その前に君が逮捕されかねないだがね、現行犯で」
隊長は呆れた様子で顎をかいた。
「テメル、どう思う」
「足手まとい、ということはないと思います。今はどこも人手不足ですし、うちもちょうど欠員が出ています。渡りに船、とまでは言いませんが、適当な人材かと」
驚いた。まさかテメルがフォローしてくれるとは思っていなかった。
ふむ、と隊長が頷く。
「そういうことなら、上に掛けあってみよう」
テメルの進言であっさりと進んでしまった。本当にいいんだろうか、という思いと、これで奴らを捕まえられるという思いが相混ぜになって、なんだか不思議な気分だ。と、そこで。
「もういいぞ」
隊長が手を振った。
次の瞬間、僕は床に押さえつけられていた。なにが起こったのかわからない。けれど、背中に突き刺さるように押し当てられた膝と後頭部に当たる冷たい鉄の感触は知覚できた。腕は背中に回されて、ぴくりとでも動かそうものならその瞬間に肩を外されそうだ。
「最後まで気を抜いちゃダメよ。戦場じゃあこうはいかないからね」
頭上からテメルの声がした。つまり、一瞬で拘束を解かれたうえに形勢を逆転されたようだ。なにをされたのかまったくわからなかった。これが本物の兵士。それをまざまざと見せつけられたような気がした。
背中から膝が外された。差し出されたテメルの手をとって立ち上がる。
「承認待ちだけど、私たちの部隊に入るなら命令には絶対従うこと。今回みたいな行いは即懲罰ものよ。覚悟しておいて。それから、私たちと一緒に訓練を受けて。実戦経験はあっても、組織での戦闘はまるで違う。すべて叩き込んであげるわ」
よろしくね、とテメルは改めて右手を差し出した。
「うん」
僕はその手をとった。テメルのさばさばした態度はなんだかむず痒いものを覚えた。
「あ、それと」
しかし、それもここまでだった。
気づいたときには、拳が文字通り目と鼻の先に迫っていた。直後、視界に火花が散る。後ろに吹き飛ばされて壁に背中を打ち付けた。ついでに後頭部も打ち付けて、衝撃が鼻を突き刺した。
「これはさっきのお返し。結構痛かったんだからね」
手をひらひらさせながらテメルが笑う。その後ろでは隊長とエニスが苦笑していた。
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