第10話

 それから一週間と少し。ただひたすらに窓の外を眺めて過ごした。窓からは中庭を見下ろすことができた。そこには様々な人がいた。


 車いすに乗った男性に、それを押す女性。

 片腕を吊って、ベンチに腰かけ絵を描く男性。

 頭に包帯を巻いて、木陰で本を読む女性。

 松葉杖を突きながら歩く男性と、それに付き添う看護師。


 暖かい日差しに照らされたそこは、快方へ向かう人々の笑顔があった。


 そういう僕の傷も大方治っていた。

 殴られた頭に異常はなく、少し切れていただけだったし、その傷ももう塞がった。閃光手榴弾で焼かれた視覚と聴覚も、すでに支障なく見聞きできる。指と甲が折れた右手については、もう少しギプスをしておけと医者から言われている。とはいえ、さすが最新医療、ナノマシンといったところだ。骨折が一週間でほぼ治ってしまうなんて。


 あの夜以来、オリビアは来ていない。けれど、僕はそれでよかった。クロエの代わりに生き残ったにも関わらず、助けられたことを責めた彼女を、僕は許せない。もう一度顔を見せたら、今度こそ殴ってしまいそうだ。


 ただひとつ、気になることがあった。

 あの夜。カーテンが揺れた隙に差し込んだ月明かりに照らされた彼女は、泣いていた。右目からこぽりとこぼれた涙が、頬を伝っていた。その涙がどういう感情の発露だったのか、僕はそれを知らない。


 ノックの音が聞こえた。


「いいかしら」


 振り返ると、テメルがいた。手にはファイリングされた書類を持っている。


「いいよ」


 僕は窓際の椅子を譲って、ベッドへ腰かけた。


「いろいろ調べてわかったことがあったから、知らせに来たの」


 そう言って、一枚の紙を取り出した。そこには「調査報告書」と銘打たれている。


軍事セキュリティコンサルタントって聞いたことないかしら」

「PMCにそんな組織がいたような覚えがある」

「そう、中東を拠点に活動しているPMCの一社よ。ノアが住んでいた街の近くでも戦闘を請け負っていた。そしてあの夜、街を襲撃して壊滅させた部隊は、このMSCの部隊だった」

「どうして僕らの街を」


 PMCは戦争を代行する企業のはずだ。僕らの街は戦火に巻き込まれた人たちこそいたものの、戦闘行為をする人なんていなかった。僕らは僕らで、平和に暮らしていただけのはずだ。それがなぜ……。


「それがわからないの。この頃、そういったPMCによる侵略行為が頻発しているの。彼らは優秀な兵士で、法を犯すような集団ではなかったはずよ。だから、なんであんなことをしたのか……」


 テメルはしかめっ面で報告書を睨む。MSCの犯行で間違いはない。でも、動機が分からない。その気持ち悪さをどうにか解消しようとしているのだろう。僕らはなぜ、MSCに襲われなければならなかったのか。僕も心当たりはない。


「ま、幹部連中をとっ捕まえちゃえば、それもわかるわ。そろそろ逮捕状が発行されるはずだから、詳しい動機は捕まえてからね」


 テメルは明るく言い放った。

 行き過ぎた戦闘行為の代償、というやつだろうか。とはいえ、彼らに同情なんて感じない。僕からなにもかもを奪っていった連中だ。地獄でもどこへでも行けばいい。だけど、それだけではこの暗く淀んだ心は晴れない気がした。澱のように積もった黒い願いを果たすために、僕にはなすべきことがある気がした。


「テメルも行くの」

「そうね、私たちの部隊はそれが仕事だし」

「ふーん……」


 再び、ノックの音がした。


「失礼。テメル、指令だ」


 だから、テメルの同僚がやってきたその一瞬の隙を利用させてもらうことにした。

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