第3話

 それからしばらくの間は依頼がなく、僕らは買い出しをしたり、一日中だらだらしたりして過ごした。


 トレバーの買い出しという名の資材漁りをしに行ったときは大変だった。

 トレバーはなにか大がかりなものを作りたいらしく、それなりの量の機材を必要としていた。なにを作るのかは教えてくれなかったけれど、きっと役に立つもの、だそうだ。

 僕とトレバーは街から少し離れたゴミ集積所に忍び込んで、廃棄された大量のゴミの山から使えそうな電子機器を探した。問題は「使えそうな電子機器」だ。僕にはそういう方面の知識はまるでない。AKのメンテナンスならお手の物だけれど、機械類はなんだか苦手だ。あんなちっぽけな基盤の上で人にはできない高度なことをやってのけるということが未だによくわかっていない。だから、それらしき塊を見つけるごとにトレバーに伺いを立てるという面倒くさい作業をこなさねばならなかった。結局大した収穫もないままに帰宅する羽目になり、僕はトレバーに大いに不満をぶちまけた。


 ライアンと過ごす休日はより刺激的だった。

 ライアンはまれに一人で出かけることがあって、この依頼がない間にも外出した。だから、僕とトレバーは内緒で尾行することにした。

 ライアンは家を出ると、街の外れに向かっていった。僕らの家は街の隅に位置しているから、街の外へは思いのほか早くたどり着く。それから街を出てどんどんと遠くへ行ってしまう。


「どうする」


 トレバーに無線で尋ねる。

 ここでもトレバーが自作した最新機器は大いに役に立った。トレバーは今頃、ドローンで上空から僕らを撮影しつつ、自らが仕掛けた無数のセンサーの反応を見て、ライアンの動きを探っているはずだ。


『そうだねぇ、その先にはなにもないはずだけど……。とりあえずついて行ってみよう。ひとまず、周りにはなんの反応もないから、危険はないはずだよ』

「了解」


 そういうとレバーの言葉に従って、僕はライアンを追うことにした。

 ライアンはどんどんと進んでいく。街の外は背の低い木々が点在する荒野だ。あまり身を隠す物陰もないし、慎重に進まなければならない。それにしても、ライアンはどこへ行くんだろう。トレバーの言う通り、この先になにかがあるなんて知らないけれど。

 やがてライアンは切り立った崖に行き当たった。大地が隆起して出来上がった天然の壁だ。ライアンはその壁の前に座って、じっと壁を見ている。やがて背負っていた小さなショルダーバックから小さな包みを取り出し、昼食を食べ始めた。その視線は壁に向けられたままで、時折壁を指差してはぶつぶつと呟いている。


「なにをするつもりなんだろう」

『さぁ、なんだろうね。ほかにはなにも持っていないようだけど』


 僕とトレバーはライアンの様子を見守る。


「よし」


 小声でライアンが気合いを込めると、ライアンは素手でその壁を登り始めた。それは凄まじい速度だった。まるで手が岩肌に吸い付いているかのように、するすると岩を掴んでは体を持ち上げていく。


「まさか」

『クライミングみたいだね』


 僕とトレバーが見つめる先で、ライアンは五メートルはあろうかという壁を瞬く間に難なく登りきった。

「すごいね」

『それより意外だなぁ。ライアンにこんな趣味があったなんて』


 無線の向こうで、トレバーが感心したように声をあげる。そのとき。


「ノア、一緒にやらないか」


 崖の上からライアンに声をかけられた。どうやら気づかれていたみたいだ。


『ここまでみたいだね』

 トレバーが諦めたように告げる。


「そうだね」


 僕は観念して岩の影から出て行った。気づかれていたのは残念だったけれど、ライアンなら看破するだろうなと思っていたから、思いのほかショックは薄い。ライアンの元へたどり着くまでに、ライアンは頂上から自ら垂らしたロープを掴んでするすると降りてきた。


「いつから気づいてたの」

「最初から」


 ライアンは事も無げに答える。

 最初から気づかれていたとは。今までも尾行やら隠密作戦やらでそれなりに経験は積んできたつもりだったけれど、ライアンには通じなかったみたいだ。


「たぶん、俺だから気づけたんだ。お前の癖は知ってるからな。上出来だと思うぞ」


 僕の表情を見て、ライアンがそうフォローしてくれる。


「ありがとう」


 ライアンが言ってくれるなら、そうなのだろう。本当に、なにからなにまでライアンには敵わない。

 それから日が暮れるまでの数時間、ライアンと一緒になってひたすらに壁を登り続けた。もちろん、ライアンのように順調には登れなかった。岩の掴み方、指のかけ方、足のかける位置と伸ばし方、体重のかけ方に移動方法。壁にへばりついている間に、挙げだしたらキリがないほどのことをやらなければならない。それは一朝一夕でどうにかなる類の技術ではなかった。それは紛うことなき修練の賜物、岩を登る技術だった。


「まずよく見るんだ。どんな岩にも掴める場所がある。体重を預ける場所がある。そして、頂上までの道筋を見極める。どうしたらたどり着けるのか。どうしたら振り落とされずに済むのか。そのラインを掴めれば、あとはその通りに手を置いて、足をかけるだけでいい。上達すれば、その選択肢は広がってくる。経験が選択に幅を産むんだ。そうすれば、お前も登れるさ」


 ライアンはそう言って、僕にクライミングのいろはを教えてくれた。それでも登り切ることはできなかった。けれど、いずれまた挑戦したい。そう思えた。

 翌日。お約束のように僕はベッドから起き上がることができなかった。筋肉痛だ。驚いたことに腕よりも足の、それも内側がひどく痛んだ。よたよた歩く僕を見て、みんな笑った。それはお前がうまく筋肉を使えた証拠だよ、とライアンはフォローしてくれた。

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