第2話

「おかえり」


 クロエは玄関で僕らを出迎えてくれた。


「ただいま。はい、お土産」


 そう言って、鶏を一羽手渡す。誰かが生きるために首を跳ね飛ばしたものを、僕らが生きるためにこなした報酬で買ってきたものだ。


「すごい。明日食べようか」


 クロエは嬉しそうに笑った。クロエがそうして微笑んでくれていると、汚い仕事をした後でも救われた気持ちになる。僕らは生きるために働いた。僕らは生きるために依頼をこなした。そしてそれは、間違いではなかった。こうしてクロエが微笑んでくれるから。そう思えた。


「お腹空いたぁ」


 一番背の低いトレバーが真っ先に家の中へ飛び込んでいく。


「焦らなくてもなくならないよ」


 クロエはそう声をかけたけれど、きっとトレバーには聞こえていないだろう。トレバーは一番小柄なくせに、僕らの中で一番食欲が旺盛だ。誰よりも食べ、誰よりも寝るのに、ちっとも背が伸びなくて、誰よりもそれを気にしている。だからなのか、トレバーはずっと銃を握らない。


「僕はこっちのほうが得意だからね」


 いつだったか、そう言って誇らしげに自作のノートパソコンを掲げていた。確かにトレバーの情報収集能力は絶大で、いつだって正しく僕らをアシストしてくれる。


「お疲れさん」


 ライアンは僕の背中をぽんと叩いて家に入っていった。それだけで、僕は誇らしい気持ちになる。


 今日は受け渡しだけだったから、それなりに見栄えする服を着ている。だからわかりにくいけれど、ライアンの背中がとても逞しいことを僕は知っている。ライアンは僕らのリーダーだ。もっとも年上で、判断力も思考力も僕らでは到底太刀打ちできない。ライアンは僕らを危険に晒すような判断をしないし、そうならないようにいつも考えを巡らせてくれている。だから、どんなに危ない仕事だったとしても、ライアンと一緒だから安心できる。


 一度、とても高い報酬を出してくれる依頼があった。僕らはお金のためならなんでもやる。だから、トレバーのかき集めた情報を聞いて、僕は依頼を受けようと提案した。もちろん、トレバーも乗り気だ。なにより自分が集めた情報だ。相当な自信だった。しかし、ライアンだけは反対していた。不確定要素が多すぎて、ちっとも安全に思えなかったからだ。結局、ライアンが引き際を見極めることを条件に依頼を受けることになった。


 結論から言うと、やっぱりライアンが正しかった。依頼は爆弾を抱えて敵部隊に突撃する、かつて日本軍が行った特攻隊みたいな任務だった。生きて帰れる確率のほうがずっと低い。だから、ライアンは勝手に依頼を変更した。敵陣に爆弾を投げ込むだけ投げ込んで、全力で逃亡したのだ。当然クライアントからは睨まれ、散々追いかけられたわけだけど、僕とライアンはそんなことに構わず必死に戦場から離脱した。どうにか安全な地域まで走ったあと、二人して生きていることを確かめ合って笑った。当然報酬なんてない。それに、クライアントの目を欺くためにしばらく便利屋稼業を休業しなければならなかった。つまり、お金がちっとも入らなくなった。そうして、トレバーはライアンにこってり絞られ、クロエからもきつく言い聞かせられ、少しだけ大人しくなった。


 そんなわけで、僕とトレバーはライアンには逆らえない。逆らう気もない。ライアンが僕らのためにずっと完璧な作戦を考えてくれていることを知っている。そして、それを遂行するために自らをも厳しく鍛え抜いていることを知っている。だから、ライアンは僕らの揺るぎないリーダーだった。


「さぁ、ノアも。食べよう」

「うん」


 クロエに手を引かれて、家へと入る。

 家と言っても、石造りのどこにでもある粗末な建物だ。昔はもう少しまともだったけれど、今ではおんぼろになりかけている。とはいえ、かつて鉄道の駅だった街の中心部よりはましだ。あそこは今では近隣の村や街から流入してきた人々で溢れかえっていて、今では立派なスラム街へと変貌してしまった。

 この国では何年も戦争が続いている。宗教、民族、政治、原因は僕らにはもうよくわからない。だけど、誰かと誰かが争って、その土地に暮らしていた人々が犠牲になり、住み続けることができなくなった人々は新しい居住地を求めてさまよい歩く。そんな風景が、もう長い間続いていた。そんな戦争を食い物にしている僕らが言えたことではないのかもしれないけれど。


 だから、いくら粗末といえども、家を持っている僕らは幸せなほうなのだろう。


「今日も一日、お疲れ様でした」


 手を引きながら、クロエが労ってくれる。


「ありがとう」


 その手の温かさが、今日も無事に帰ってきたんだと実感させてくれた。

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