第9話 私の気持ちの答え

 始発駅に入り込んできた電車に乗り込みドアの横に立つ。発車時刻になり遠くで発車ベルの音が流れ扉が閉まる。


(フミ先輩まだ学校にいるかな?)

理由ははっきりしていた。フミ先輩に会いたい。

 

 電車が発車して直ぐに次の停車駅がアナウンスされる。ターミナル駅の名前が案内される。

 

 しまった。これは次の駅に止まらない。


残念ながら学校の最寄り駅には止まらない。ホームを速度を落とさず通過していく。多くの生徒がホームで待っている事が分かる。自然とフミ先輩を探してしまう。


 家の途中のターミナル駅で乗り換えて家の最寄り駅で降りる。

電車から降りてきた人はポケットに手を入れて改札に急ぐ。人がいなくなってからひとつのメールをフミ先輩に送信する、次は吹奏楽部時代の友達に電話をかける。SNSを消してしまったのは間違いだったかも知れない。


 

 久しぶりに吹奏楽部の朝練前の時刻に間に合う電車に乗る。

 まだ太陽の光が横から差し込んでいる学校の最寄り駅前は暗いがフルートを入れたカバンの紐をしっかり握って学校に急ぐ。フミ先輩を部室に呼び出してしまったのだ授業が始まるまで時間が無い。


 文芸部の部室がある校舎とは違う新しい校舎に入っていく。吹奏楽部の楽譜などが置かれている資料室を外から扉を開いて中をそっと見る。


 友達は待っていた。

「ごめんね、急に頼み事しちゃって」

友達は嫌な顔ひとつせず頼みごとを聞いてくれたのだ。


「いいよ、急に部活辞めちゃって心配だったから会えて良かった。最近楽しい?」

私の表情を見て心配してくれてるのだろうか。自分ではどんな顔をしているのか分からない。楽しい顔なのかドキドキした顔なのか。頼んでいたひとつの楽譜を受け取る。


「うん、楽しいよ。今日はありがとう」

それ以上聞いてこない。


 気になってはいるのだろうが私の先を急ぐ気持ちを読み取ってくれているのだろう。笑顔を浮かべると楽譜を受け取って表紙を確認する。


 今度は私の番。フミ先輩に私の好きなものを見せる。そう決めたのだ。



 文芸部の部室に息を切らせながら入る。

「フミ先輩っ! 待たせました」

フミ先輩はいつものパイプ椅子に座って待っていた。


「昨日メール貰ったときは急だなって思ったけど楽しみにしていたよ」

机の上にフルートを入れたカバンを置く。フミ先輩はいつもの優しい表情をしていた。


「古実さんがフルートを吹けるなんて知らなかったよ」

フミ先輩は興味を引かれるのか左右に揺れてカバンを眺める。


「急ですみません、準備しますので少し待ってください」

楽譜を広げて机に置く、何度も吹いたことがあった楽曲だが確認する。フルートを取り出すと指を擦って温める。指が軽やかに動き出したところで深呼吸をして息を吹き込む。


 フミ先輩は私の演奏姿をキラキラした目で見つめてくる。恥ずかしいが一度始めた演奏を止めることはしたくない。


 小さなミスはした。途中で音が止まることだけはしなかったがだいぶ酷いものだったと思う。


 毎日演奏していた頃ならば満足の出来では無かっただろう。しかし中学時代の楽しかった気持ちが蘇る。


「ありがとうございました」

博識のフミ先輩ならば私の稚拙な演奏に気が付くのかも知れない。それに楽曲のタイトルも。しかしそれでも良いんだ。


「とっても優しい音だったね。フルートのソロって古実さんの繊細な所が出て綺麗だね」

フミ先輩は私のことを褒めてくれる。


 フルートを机に開かれて置かれているカバンに置くと私はフミ先輩に向き合う。

「あの、先輩…」

ここで止まってしまったらもう言い出せないかもしれない。言葉にならない言葉を出そうとしてたじろぐ。


「そういえば段ボールに入ってた本は読んだ?」

フミ先輩は急に話題を変えてくる。


「は、はい読みました」

正確には読んでいないがあらすじを読んだという意味では読んでいる。もしかして女の子が好きだというアピールであの段ボールに入った本たちを貸してくれたのかもしれない。だとしたらフミ先輩も意外とまだ恋愛には奥手なのかもしれない。自分から恋心を相手に伝えることに関してはフミ先輩も素人だということ。


 それを聞いたフミ先輩は急に立ち上がる。

「聞いて古実さん」

私の肩に手を置く。フミ先輩は緊張しているのか震える手で私の目と口当たりを交互に見ている。


「あの…」

こんな先輩は初めて見る。


「あのね、古実さんのことが後輩としてじゃなくて大好きなの、付き合って欲しい」

言い終わった先輩は息がとぎれとぎれ、顔は真っ赤でこれが告白であることは誰の目にも明らかだった。


 数秒の間の後に私は笑いだしていた。

「フミ先輩の必死なところなんて初めて見ました、かわいいですね」

恥ずかしいのか先輩は机に置いてあった本で顔を隠してしまっている。


「フミ先輩ならば分かってると思ってましたが気づいてないんですね」

私はフミ先輩に楽譜を渡す。フミ先輩は表紙を目にする。


 タイトルはフミ先輩の告白に返事になっていた。

「大好きフミ先輩…」


 私は次の瞬間にはフミ先輩に抱きしめられていた。数秒遅れて私もフミ先輩の細いが大切な体を抱きしめ返していた。恋愛は必ずしも幸せに終わるとは限らないけどそれでも私はフミ先輩と恋愛をしてみたいと思ったのだ。

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文芸部にて おじん @ozin

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