第8話 フミ先輩と新堂先輩
「なぜ、分かったのでしょう?」
図星で変な言葉使いになってしまう。
「あなたと私の共通の話題は文芸部とフミについて。文芸部のことは部長のフミに聞けば良いし」
新堂先輩はそういうとマスターにお会計を頼む。フミ先輩のことは教えてくれないのかも。
「あのお金」
財布を出そうとすると新堂先輩は払い終わっていた。
「フミのことを知りたいなら付いてきて」
駅前を歩きながらカフェ代を財布から出そうとすると後輩に奢るくらい何ともないと言われて断られてしまう。
駅前を通り過ぎて大きな公園に入る。
「寒いけど我慢してね、あんまり人が多いところでは話せないこともあるから」
平日の公園は閑散としていた。ベンチに新堂先輩は座る。
夕日が当たる新堂先輩はどこか悲しそうな表情をしているようにも感じる。
私から呼び出したのだから私から話し始める。
「私、吹奏楽部を辞めて文芸部に入ったんです。最初はゆるそうだから入ったんですけどフミ先輩と文集を作ってみると楽しくて、それに気になる違和感のようなものが出てきたんです」
新堂先輩は黙って聞いている。
「最初は新堂先輩とフミ先輩の仲が悪くなったりして新堂先輩は文芸部を辞めたと思いました。だけど2人の作った文集を読んだらそれは間違った考えだと気が付きました」
新堂先輩とフミ先輩の作った文集はとても良く出来ていた。最後の編集後記にはしっかり「これからも協力して頑張っていきたい」と書かれていたのだ。そんなふたりが仲が悪くなって新堂先輩が文芸部を辞めたとは思えない。
「そうね、私が辞めたのは不仲が理由じゃないわ」
こちらを見つめながら新堂先輩は綺麗な髪を撫でる。
「気になって点はまだあって、それまでの文集は恋愛のテーマの部分は新堂先輩が書いていたのに今年はフミ先輩自身で書いてました」
フミ先輩の書いた恋愛のテーマにした書評は新堂先輩の書いたものと比べても劣ってはいなかった。つまりフミ先輩はどこかで恋愛を知ったのだ。
それはもちろん新堂先輩が抜けた後に危機感を覚えて恋愛系の作品を勉強したのかもしれない。しかしそれは考えにくい。なぜならフミ先輩は古いものにこだわる傾向があるからだ。パソコンで原稿を書かず万年筆で原稿用紙に原稿を書いて、スマホを持たずガラケーを使い続けている。美術館で選んだキーホルダーは昔の作者のものだった。
私が感じたことを新堂先輩に話していく。
新堂先輩は黙って私の考察を聞いている。
「つまり恋愛関係で分かれたんじゃないのかなって。恋愛をしたから恋愛のテーマが書けるようになったのかと」
「あなた意外と細かいところを拾い上げて考えてるのね。そういうところ文芸部向きだと思う」
私は新堂先輩が答えてくれるまでじっと待つ。
「半分正解だと思うわ…」
ここだと思い、私は勇気をふり絞る。新堂先輩の読んでいた段ボールの中身から得た情報とそこから考えた結論。
「新堂先輩、もしかして違うかもしれないし、あまり大きな声でも言えませんがフミ先輩が恋愛を学んだ相手って新堂先輩ですか?」
この結論に至ったのは新堂先輩が好きだったという本。すべて女の子の恋愛の話。
理由まで聞いた新堂先輩は顔を真っ赤にして落ち着きが無くなる。
「フミったらあの段ボールに入ってた本を古実さんに渡しちゃったの!」
私が悪いわけではないが、見ちゃいましたすみませんと謝る。
新堂先輩が呼吸を整えているのをじっと待つ。
「そうくると思ったから場所を移したんだけど良かったわ。そうよ私はフミと付き合ってたし女の子が好きよ」
閑散としている公園に場所を移した理由は知り合いのマスターの前でこの話は聞かれたく無かったからだろう。
これで感じていた謎は半分は明らかになった。フミ先輩が恋愛についてのテーマが書けるようになった理由、なぜ新堂先輩は文芸部を辞めたのか。
「新堂先輩がフミ先輩と別れた理由がわかりません」
恋愛経験のない私にでも他人にそんな理由を聞くことは失礼だとは知っている。しかしここで聞かなければ私は次に進めない気がした。
「女の子同士なんておかしい、嫌いになったなんて言い訳じゃ納得しない?」
「それは不自然です。新堂先輩はフミ先輩が大好きですよね」
新堂先輩はフミ先輩を大好きなのだ。初めて会った時にもフミ先輩のことを美人と言っていた。新堂先輩が認める美人、それがフミ先輩。それは外見もそうだが内面。フミ先輩の静かな内面の美しさを含めて美人と言っているのだろう。
「ええ大好きよ。フミを忘れるのに何年時間が必要かも分からないくらいに」
新堂先輩は恋する乙女というより作者が死んでしまった未完の小説の話をしているような諦めた表情をしている。もう戻すことは出来ない失われたものを見ている。
「潰れかけていた文芸部にはフミが先に入っていて私は本なんてあまり読まなかったんだけどフミに一目ぼれして入部したの」
新堂先輩は私に説明を頼まれなくてもフミ先輩との出会いの話を始める。新堂先輩の心の奥底にある固く大切にしまってある思い出が溢れ出てくる。
「フミは私に色んな事を教えてくれた。私は知らないことを沢山…」
新堂先輩とフミ先輩が別れたのは高校2年生が終わる頃。別れは新堂先輩から言ったようだ。
新堂先輩の家はこの駅の周りの地主。この土地に根付いた商売をしていて新堂先輩しか跡継ぎがいないため先輩は跡継ぎとして期待されていた。
去年の文集を作り終えて将来の事を考え始める冬休み前、新堂先輩はフミ先輩との関係に限界があることに気が付いてしまったのだ。古い考えが支配している家業を継ぐことと女の子同士で付き合い続けることが両立しないこと。
新堂先輩は自分からフミ先輩にそれを伝えて別れたのだ。
お嬢様のようだと思っていた新堂先輩は本当にお嬢様だった。生徒会に入ったのも周りにアピールするために選んだと言っているが本当はフミ先輩と一緒の部活には居られなかったからだと直ぐに気づく。
「私ってこんなにバカだったんだってその時思ったの。終わりが分かっていたのにフミと毎日楽しく過ごして、出かけたりして。そんなの苦しくなるのは分かっていたのに」
才色兼備な新堂先輩でも落ちてしまう恋。新堂先輩がフミ先輩が多くの時間を共に過ごしたのは文集を読めば分かる。完全な連携が取れた編集。文集の編集後記の一文を思い出して私は涙がこぼれる。
「フミ先輩はどうだったんですか?」
私が泣くのはおかしい気がして目線を新堂先輩から外す。
「どうだったんだろう、あれから話してないから。私は理由も隠さず話したから」
フミ先輩は恋愛を知っているというより新堂先輩という恋人を失って、失恋を経験していたのだ。
未練は無いのだろうか?
「新堂先輩は納得してるんですか、フミ先輩は引き止めなかったんですか?」
新堂先輩の目には涙が溜まっていて今にも零れ落ちそうだった。
「フミに私を止めれるわけがないじゃない、一番私のことを知っていたのよ。私が家業を継ぐことを大事にしていることも良く分かってる」
私はフミ先輩のことを侮っていたのかも知れない。新堂先輩の目標を自分の気持ちで潰すことなど出来なかったのだ。
「あなたが文芸部に入ったと聞いて私は良かったと思った。フミはまた誰かと文集を作れるんだって」
新堂先輩はまだ立ち直れてないのだろうか、私はまだ生徒会で微妙な立ち位置にいるのだと自虐的に言う。
私がもし恋をしたとして、どうしようもなく好きな相手と別れてこんな言葉を言えるだろうか。
「フミはあなたに好きって伝えたの?」
自分の話ばかりさせられて不満だったのか私の話題に変えてくる。
「そんな、私なんて新堂先輩みたいに美人じゃありませんし頭もそれほど」
何故だろう驚きというより嬉しさが出てくる。
「フミに美術館に連れてって貰ったんでしょう、古実さん好かれてるわよ」
あれ、私その事言ったっけ?慌てている私を無視して話を続ける。
「そのスマホのキーホルダーを見ればわかる。私も何回も連れていかれた」
スマホを取り出して私に見せてくる。私のキーホルダーより傷だらけになったキーホルダー。
フミ先輩の傷の無いガラケーのストラップホールの塗装だけ剥がれていたのは新堂先輩と買ったキーホルダーの紐を通していたからだろう。その時もフミ先輩は新堂先輩に紐を通して貰ったのだろうか。
「あの子、自分の好きな子しか美術館に誘わないわよ」
私の顔は今どうなっているのだろう。顔全体が熱くなっている感覚はしている。
うれしい。
「そうなんですか…」
素っ気ない返事をする余裕しかない。
「私は自分の夢を尊重して選択した。あなたもフミのことが好きなんでしょ?だったら選択したら」
私がフミ先輩のことが好き?もちろん良い先輩だとは思うし、魅力的な先輩。しかしそれは恋人になりたいということなのか。フミ先輩のことが頭をぐるぐる回る。
「好きなんですかね…」
クスっと笑う新堂先輩。
「わざわざ上級生を呼び出してまで気になる人が好きじゃないなんてありえるかしら」
新堂先輩は立ち上がって背伸びをする。もう悲しい儚げな表情はしていない。
「じゃあもう暗いから早く帰るのよ」
上級生としての注意をして新堂先輩は帰っていく。
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