第7話 六沢珈琲
カバンを下して机に座る。
フミ先輩と買ったキーホルダーを撫でながら思考を巡らす。文芸部に入るまでは目の前のことに追われていて深く考えることなどあまりしなかった。
机の横から軽く埃の被っているカバンを取り出してファスナーを開ける。
窓から差し込む夕日を反射してオレンジ色になっている銀色のフルート。楽しかった思い出も辛い思い出もこのフルートを見ると思い出す。
次は私がフミ先輩を誘うなんて難しいと思いながら思考は中断される。家に持ち帰っていた段ボールの中身が気になったからだ。なんだかんだ読んでなかったのだ。
中の本はフミ先輩がいつも読んでいるハードカバーの本とは違って文庫本サイズのものだ。古い本も新しく見える本も一緒になって入っている。
一番ページ数が少なさそうな本を取り出して読み始める。現代文は得意科目だからこれなら読めるはず。しかしあらすじを読んだ所で次の本のあらすじを読む。段ボールの中身が空になる。
これはもしかしたら。
私はその日の内に新堂先輩にメールをしていた。連絡先を交換しておいて良かった。
今度、文芸部の活動で教えて欲しいこともあって新堂先輩の家の近くで良いのでカフェなどで会えませんか?
古実
何度も確認してスマホの送信をタップする。本当に新堂先輩に教えて欲しいことは隠してメールを送る。
通知音でメールの返信を知る。
じゃあ私の家の近くの六沢珈琲で良い?
新堂麻子
約束の日に小さな嘘をフミ先輩につく。
今日は家の用事があるので部活には行けません。すみません。
古実
短く先輩に断りを入れると学校の最寄り駅に急ぐ。いつもとは反対のホームに向かい電車に乗る。今日は終着駅まで行くのだ。モーター音が唸りそして直ぐに次の駅に止まる。
学校の最寄り駅は終点のひとつ手前。終点のひとつ前で止まっている行き切らない気持ち悪さを感じていたが今日は終点まで来たのだ。
私の胸の中のもやもやした気持ちも解消出来るだろうか。案内板を眺めながら改札を出る。終点の駅と言っても乗り換えの路線があるわけではなく閑散としたロータリーとお店があるだけだ。
六沢珈琲は直ぐに見つかった。駅から歩いて数分の位置に店を構えていた。
名前から個人経営のお店だと予想していたがやはりそうだった。マスターのこだわりが見えるお洒落な店舗。
約束の時間まではだいぶあったがお店に入って待っている事にする。初老のマスターは私が高校生で1人だと言うことも気にせず注文を確認してくれる。
「ストレートティーでお願いします」
慣れない注文をする。しばらくすると紅茶は運ばれてくる。綺麗な白い陶器のティーカップには淹れたての紅茶が湯気と共に香りが上がってくる。
部室で先輩が作ってくれる紅茶より間違いなく良い茶葉を使っているのは明らかだったが慣れないので落ち着かない。部室は私にとって落ち着く場所なのだと認識させられる。
緊張で喉が乾いていたからだろうか紅茶がティーカップから無くなってしまった。それとほぼ同時にドアが開かれる。新堂先輩が入ってきたのだ。
「マスター久しぶりです。この前はありがとうございました」
新堂先輩は笑顔で挨拶をすると私を見つけて対面の椅子に座る。マスターとは知り合いなのだろうか。
「やっぱり麻子ちゃんの友達さんだったか」
マスターは優しい表情で私と新堂先輩を見比べる。
「後輩ですけどね、ブレンドコーヒーをお願いします」
新堂先輩は微笑みながら大人な対応をしている。
「生徒会の活動でちょっと疲れたからコーヒーが運ばれてきてからで話は良いかしら?」
スラっと伸ばした背中を背もたれに預ける。髪の毛が夕日に照らされて艶が確認できる。
「すみません、忙しいのに呼び出しなんかして」
新堂先輩はゆっくり瞬きをしてこちらを見る。眠いのだろうか。
「気にしないで」
新堂先輩と私の前にカップが置かれる。私は何も注文はしていない。不思議で首を傾げているとマスターが良いからと言ってサービスしてくれる。
「ありがとうございます」
新堂先輩は眠たそうな表情を変えて私の代わりに感謝をしている。
コーヒーを飲むと眠気が取れてきたのか目がぱっちりと開く。
それから文芸部の出す文集についての話が始まった。何部刷れば良いのか。売り上げの手続きはどうすれば良いのか。事務的な会話が続く。いきなり本題に入る勇気は私にはまだない。
新堂先輩がコーヒーを飲み切る頃には話が終わってしまう。時間にして10分。まだ心の準備が出来ない私は話題を探していた。その姿を見た新堂先輩は大きくため息を付く。
「フミについてでしょ、あなたが聞きたいのは」
いきなり見抜かれて固まってしまう。文芸部の部長さんではなく名前呼びに変わっていた。
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