第7話 物干しロープ
早朝のジョギングは続いていた。なんとか布製の運動靴を買ってもらい、梅雨の中走っては、古新聞をギュウギュウに詰めて、玄関に置いておくと、翌朝にはまた履けるくらいには乾いている。まだ2週間やそこらだからか、息が辛い、筋肉痛がしんどい。でも、頬に当たる雨のしずくが心地よい。大した降りじゃないからかな。俺はいつもの様に、体を拭き、頭はゴシゴシとタオルドライして朝食を摂ると学校へ出かけた。
履いて捨てられるほどいる名前の3人のいじめっ子は、今日は熊沢くんをターゲットにしたらしい。鈴木と佐藤に捕まって、田中が正面から殴ろうとしている。あ、鳩尾に一発。
「・・・えぐりこむように、打つべし」
とか言いながら。って漫画のマネかよ。相変わらず頭悪いやつ。
俺は、そっと近づいて、田中の後ろから肩に手をかけ、膝かっくんをやってやった。
見事にひっくり返るデブ。ひょいと跨いで、佐藤の手から熊沢くんの手を取り返そうと引っ張る。佐藤は、熊沢くんの手を離すと殴ってきた。
「うわっ」
頬にパンチが軽く入ったんで倒れる、」だが、そこは田中の腹の上だ。丁度尻が腹の上、ランドセルが顎をノックアウト。熊沢くんも巻き込んで倒れたから二人分の重さだぜ。おお、本当にグエッとか声出るもんだな。
俺はすぐさま跳ね起きた。あ、田中ごめんよ~、胸踏んじまった。
さあ、熊沢くん帰ろうぜ。今日はカラタチの葉っぱもらって帰る日じゃなかったっけ?
「こらあ、ととりぃ」
鈴木のやつが叫んだ。
「あー、鈴木くんさぁ」
俺は、あえて無視して話しかける。声、震えてないだろうな。
「友達なら助け合わなきゃな」
床で伸びている、田中を指さしてやる。気を失ったりはしてないようだ。衝撃で体が動かないだけだろう。突進してこようとした鈴木は一瞬気を削がれたみたいだ。
「さ、帰ろう、帰ろう」
俺は、熊沢くんを誘って帰った。誰も追いかけては来なかった。
うちに帰ると、部屋の中に物干しロープを張って洗濯物が干してあった。
それを見て似たようなことがあったことを思い出す。
小学校1年の頃だった。喜多方へ越す前の話だ。
その小学校は田園地帯の真ん中にあった。片道約4キロの道のりを、1時間以上かけて、てくてく歩いて通った。結構な道なので朝は集団登校だった。近所の上級生が、下級生がちゃんと登校するのを監視していたのだ。俺はといえば登校途中何か興味の引くものを見つけたら、必ず遅刻してたんじゃないかな。恥ずかしい話だが、絶対の自信がある。帰りは自由に下校するわけだが、暗くなっても帰らない俺を母親や近所の上級生が探しに来たことが一度ならずあったはずだ。そんなわけで、登校の際には上級生は俺の手を一瞬たりとも離さなくなった。
その日は、とてもいい天気だった。これから田植えをする準備に入り、何も植えられていない田んぼには満々と水が湛えられていた。田んぼの脇を流れる用水路の澄んだ流れがが気になった。何かが動いた。魚? タガメ? 妙に背の高い草が邪魔でよく見えない。
用水路の流れの中の何かを見ようと身を乗り出した俺は、頭から用水路に落ちていた。
通りがかった上級生が俺を助けてくれた。落ちた拍子に、ランドセルの口が開き、教科書からノートから入っていたもの総てが水の中に落ちてしまっていた。彼は態々水の中に入って教科書もノートも筆箱も掬い上げてくれたのだ。
その恩人のことは顔も名前も覚えてはいないが、泣いている俺を自宅まで連れてきてくれたので、朝の集団登校で俺の手を放さないでいてくれた人なのだろうと思う。
ビショビショの教科書は、部屋の中に物干しロープを張って洗濯バサミで止めて干した。その光景を思い出したのである。
それらの教科書は10月に下巻の教科書が配布されるまで、使う羽目になった。
そして、俺は、用水路を覗きこむときは、ランドセルを下ろすようになった。
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