メリーさんはUターンしない。

arm1475

メリーさんはUターンしない。

『あたしメリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの……』


 ( ゚Д゚)? ←その時の俺の顔


『あたしメリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの……』


 もう一度言いやがった。こんな夜中の悪戯電話にしてはちょっとネタが古くさい。

 今時、メリーさんの電話なんてギャグにしかならない。

 そもそも、俺は人形なんて捨てちゃいないし。メリーさん間違い電話?


『あたしメリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの……』

「いや、俺、引っ越してもいないし、人形なんて捨ててないからっ」



 メリーさんの電話。

 それは、引っ越してしまうために、少女が古くなった外国製の人形『メリー』を捨てる事から始まる都市伝説だ。

 捨てたその夜、メリーさんから電話がかかってくる。こんなふうにだ。

 電話を切っても、すぐまたかかってくる。

 そのうち、電話の内容が変わってくる。

 次第に、少女の家に近づいてくるのだ。

 やがて、


『あたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの』


 という電話になる。

 しかし思い切って玄関のドアを開けても、そこには誰もいない。

 結局、誰かのいたずらかと思ったその直後、また電話が来る。


『あたしメリーさん。今 あなたの後ろにいるの』



 そこで終わりの都市伝説話だ。そこからどうなるのか、誰も知らない。

 そう言う投げっぱなしエンドは、都市伝説の特徴でもあるが。

 とりあえず今はゴミ捨て場にいるらしい。


「あー、間違い電話だから」


 俺はそう言って電話を切った。

 そもそも俺の家に掛けてくるのが間違いである。

 しかし間違い電話だとしても、相当ドジッ子なメリーさんである。


 りん。


 ありゃ。電話間違ってる事気づいてない?


『あたしメリーさん。今、たばこ屋の前にいるの……』


 たばこ屋というと、向かいの交差点だな。大分進んだらしいが……。


「いや、メリーさん、アンタ誰かと間違ってるから。電話番号確かめる?」

『あたしメリーさん。今、たばこ屋』

「だ・か・ら! 俺ンちの電話番号わっ!」


 俺は自分の電話番号を怒鳴りつけるように言った。

 しかしメリーさんは相変わらず、


『あたしメリーさん。今、たばこ屋の前にいるの……』

「とにかく人違いだからっ!」


 そう言って俺は電話を切った。ああ、据え置きの電話なんか設置するんじゃなかった、携帯で充分だよなぁ。


 りん。


 ため息を吐いていたらまた電話が掛かってきた。畜生、まだ間違い電話に気づいていないのか。


『あたしメリーさん。今、エレベータの前にいるの……』


 一気に進みやがったな。仰ぐ俺はふと、あるコトに気づいた。


「……メリーさん、アンタどうやって電話かけてんの」

『……電話で』

「そうじゃなくって」


 メリーさんの予想外のレスポンスには吃驚したが、どこかおずおずとした口調に少し俺は苛ついた。


「エレベータって、ここには電話なんて無いだろ?」

『……携帯電話』

「どうやって携帯電話なんて持てたんだよっ!」

『……プリペイド式をコンビニで』


 俺は納得しつつも、携帯電話がない頃のメリーさんはどうやって電話を掛けてきたのかスゲー気になった。まぁどうでもいい事だが。

 とにかく、メリーさんのレスポンスがあるという奇跡的状況を俺は逃さなかった。


「さっきも言ったけど、メリーさんが掛けている電話番号と、俺の家の電話番号って違うでしょ!」

『え……』

「何番に掛けてんの?」


 するとメリーさんは電話番号を棒読みしてきた。

 惜しい。最後の番号は俺が8、メリーさんは9だった。やっぱり間違い電話だったのだ。

 つーか、間違い電話する都市伝説っていったい。

 俺は深呼吸して声のトーンを下げた。


「んーとね、俺ンちと、メリーさんがおかけになった番号は最後が違うから」

『え……』

「俺ンちが8番、メリーさんが掛けたい番号は9番。そこ間違ってるから注意してね」


 そう言って俺は電話を切った。

 やれやれ、これで安心して眠れると思って電話を背にした途端、また、


 りん。


『あたしメリーさ』

「だ――か――らっ! 間違い電話だっていってるでしょ!」


 俺は怒鳴りつけてそのまま受話器を電話にたたきつけて切った。

 いい加減シャレにならん。間違い電話のまま呪われたら溜まったもんじゃない。

 俺はもしやと思い、メリーさんが掛けたかった電話番号へ掛けてみた。

 しかし、返ってきた答えは、あなたのおかけになった電話番号は現在云々と、絶望的なものであった。

 もしまたメリーさんから掛かってきたら、相手は逃げてしまったようだから調べ直してくれ、というしかない。

 とにかく誤解で呪われるのは勘弁して欲しい。


 りん。


 早速掛かってきた。俺はすかさず電話を取る。


『あたしメリー』

「良かった、メリーさん、アンタの掛けたかった電話番号は今使われていな」


 つー。つー。


 ……あれ? 電話が切れた。

 なんでだろうと思いつつ、俺は着信記録を調べる。

 着信記録に携帯電話からとおぼしき電話番号が残っていた。

 なんてことだ、メリーさんの携帯は非通知設定じゃなかったのだ。

 とにかく俺は心配してその電話番号に掛けてみた。

 すると、「この電話はお客様都合により使えなくなっています」と、電話会社のアナウンスが流れてきた。


「……そういやプリペイド携帯とか言ってたな。……プリペイドのチャージ切れ?」


 思わず吹く俺。もっとも、メリーさん人形にプリペイド携帯電話を売るコンビニがある時点で吹くべきではあるが。

 そんな時だった。


 りん。


 電話機が鳴った。俺は受話器を取る。


『……あたしメリーさん。今、コンビニの前にいるの』

「プリペイド買いに戻ったんかいっ! 最初に掛かってきた時より遠くやんけっ!

 つーかどこじゃい、人形にプリペイド携帯売るトンチキなコンビニわっ!」

『しくしく……』


 ああ、メリーさん泣き出しちゃったよ。ちとツッコミが激しかったか。


『しくしく……』

「あー、悪い悪い。ちと言い過ぎた」


 俺はメリーさんをなだめつつ、相手の電話番号が通じない事を説明した。

 すると、


『あたしメリーさん。今、コンビニの前にいるの』

「いや、もう良いんだって」


 俺がそう言った途端、メリーさんは電話を切った。

 メリーさんが電話を切るなんて予想外だった。もしかすると諦めたのかも知れない。

 とにかくコレで俺は寝られると安心し、ベッドへ戻ろうとした。


 りん。


 何故鳴る。俺は振り返り、受話器を引き上げた。


『あたしメリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの……』

「何故最初までUターンしてるか」


 傾げつつ、俺は何となく理解した。

 だから、おれは電話をそのまま切った。


 しばらくして、また電話が鳴った。

 俺は受話器を取った。


『あたしメリーさん。今、たばこ屋の前にいるの……』


 俺はそのまま電話を切った。


 しばらくして、また電話が鳴った。

 俺は受話器を取った。


『あたしメリーさん。今、エレベータの前にいるの……』


 俺はそのまま電話を切った。


 しばらくして、また電話が鳴った。

 俺は受話器を取った。


『あたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの……』


 俺は受話器を放り出して玄関へ駆け付けた。

 冗談じゃない。メリーさんの奴、呪いの相手が判らなくなったから、俺で呪いを済まそうとしているのだ。

 畜生、ここまでコケにされて呪い殺されてたまるか。

 相手は小さな人形だ、あるいは呪いのパターンでは人間に化けている話もあるが、俺だって男だ、ただでやられるわけにはいかん。

 それに必ずしも呪い殺されるワケじゃない。そもそも呪いが完成されたオチがないんだし。

 俺は途中でキッチンにより包丁をつかんで玄関の扉を開けた。

 都市伝説通り、外には誰もいなかった。

 そして、都市伝説通りなら。


『あたしメリーさん。今 あなたの後ろにいるの』


 俺は振り返った。





「それが、父さんと母さんの馴れ初めでなぁ」


 ソファにのけぞる親父は、けらけら笑いながら言った。


「一目惚れってあるんですよねぇ」


 その隣に座る、まるでフランス人形みたいな美人の母さんは、少し照れくさそうに言った。


「一発で恋に落ちる、って奴だな。ちなみにその晩の一発で、お前が出来た」

「お父さん、もう下品ですよ」

「でもお前が美人で好みにどストレート過ぎてなぁ。我慢出来る男はそれは男じゃない」

「本当、あの時と同じで強引なんだから……」


 そう言って二人は同時に吹き出す。

 俺は今夜も、夕食後に時々聞かされている両親のノロケ話に、いつものように呆れ気味にため息を吐くばかりだった。


                          おわり

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