悪役令嬢覚醒編

第一章 目覚め

第1話 悪役の女

うららかな陽気の朝。

「リーベル様起きてくださいませ!そろそろ舞のお稽古の時間です」

リーベル付きの年若いメイド、マリアが布団を引き剥がすと、そこには誰もいなかった。

「リーベル様…?」

マリアが振り返ると、部屋の隅に10歳前後の菫色の髪の少女が立っている。この少女がリーベルだ。

一通り自分で服を着て、出かける支度が整っているようだった。だが、その一張羅の服は明らかにお稽古に行くような服ではない。

「わたくし、お稽古には行きたくありませんの…先生はいじわるです…」

リーベルはおどおどとした小声でさらに隅に身体を寄せた。聖女不適格の一件以来、公爵夫妻はリーベルに冷たく当たり、リーベルはすっかり内気で暗い少女に育っていた。

「でも、お稽古をしないと公爵様に叱られますよ?」

リーベルとさして年の違わぬマリアが腰に手を当てて諭すと、リーベルは顔を伏せてさらに身体を縮こまらせた。

「お父様は何をしても叱るだけ…お会いになってもくれませんわ…」

「そんな事ございませんよ。お父様やお母様は、リーベル様に期待をしていらっしゃるから厳しいのですよ。お会いにならないのも、勉強に集中して頂きたいから。妹のマレーナ様にもまだお手がかかるのでしょう」

マリアがベッドメイキングをしながら諭し続ける。

「自信をお持ちくださいませ。リーベル様は300年に1度の聖女…の候補なのですから…」

マリアが笑顔で振り返る。と、部屋の隅には誰もいなかった。

「まっ、また逃げられた!!」

急いで開いた窓から外を見ると、小走りで去って行くリーベルが見える。その速度は遅く今からでも追い付けそうだが、マリアはため息を吐きながら窓を閉めた。

「ま、本当の事だからねえ…」




————————




「私に聖女なんて無理です…全部無理なんです……」

リーベルはグスグスと泣きながら庭園の茂みに入り込んだ。両親はリーベルの後に生まれた妹のマレーナに聖女の希望を託していた。「聖女不適格」という前例は未だかつてない。そんな一族始まって以来の不名誉を負ってしまったリーベルは、その後ろ向きさも相まって何をやってもダメな出来損ないの不要の存在なのだった。家族からは疎まれ使用人からは同情される毎日を送る彼女にとって、こうして息の詰まる生活から抜け出す事が唯一の楽しみだった。うんとおめかしして、庭園を抜けて、裏口から領地の森に出る。その森の中をあてもなくさまよい、失職者のようにぼんやりと鳥に餌をあげるのが日課だった。


今日も森をトボトボと歩いていたが、いつも鳥の気配がなかった。

「誰かいる…のですか…?」

と言う事は、その代わりに外部からの何者かがいると言う事だ。

常に人の悪意に晒され何にでもビクつくリーベルは、人の気配には人より何倍も敏感だった。

怯え切った声で辺りに呼びかける。

「2人……3人…?木の影…?」

「このガキ玄人か?」

リーベルの見立て通り、木の影から盗賊風の男が姿を現した。その出で立ちにリーベルは恐怖でその場にへたり込む。

「俺たちの気配読むなんざ、どこの斥候だ?えぇ?」

男が背中の鞘からサーベルを抜いて詰め寄る。

「やめな!その子はまだただのガキさ」

別の木の影から女が現れる。1人は同じく盗賊風の服から長い脚を惜しげもなく見せた女性で、もう1人は顔にベールをかけた喪服姿の貴婦人だった。

貴婦人がベールを寄せて顔を見せる。意志の強そうな美しい大人の女だ。

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