第3章「エンプティ6」

第18話「ヘリのなか」

 で、週末。


 俺とエレナは首都ワコットの外にあるエンプティ6に向かって飛んでいた。

 エレナが「パパにナイショでちょっと借りてきた」ヘリのなかである。


「で、なんで俺はこんなひらひらしたカッコさせられてんだ……!」


 自分の姿を見おろす。さっきエレナに無理矢理着せられたのは、ピンク地に白フリルたっぷりのフリフリミニワンピだった。

 白いニーソックスにリボンのついた厚底ハイヒール、頭にはカチューシャまでつけさせられている。


「しかたないでしょ。ちょうどいいサイズのスキルスーツがそれしか手に入らなかったんだから」


 そう言ったエレナもこれまたかわいらしい格好をしていた。


 俺のと似たような水色のコスチュームは、俺のより少しだけフリフリが少ない。膝まであるスポーティなブーツと高く結いあげた髪のせいもあって、俺の格好よりもすっきりとカッコよさげに仕上がっている。

 どちらかといえば俺、そっちがよかった……。


「スキルスーツって、いくらしたんだよこれ」


「五十万」


「ごじゅっ……!」


「借金に上乗せだからね」


「おま、勝手に俺の分まで買い物すんなよ!?」


 借金七十万とか笑えねぇ……。


 スキルスーツとは、着る人の身体能力を高めたり身体を守ったりする特殊な衣服のことだ。

 その効力はいかほどかというと、ナイフで切りつけられてもかすり傷ですんだり、女の子が自動車を持ちあげられるようになったりする。多分。……いや、だって俺使ったことないもん。


「死んじゃうよりはいいでしょ。あたしたちアウトエリアにいくのよ? わかってる? どんなに準備したってやりすぎってことはないんだから!」


「む……。まあ、それはそうだけど」


 街の外に広がる人の住まない土地、アウトエリア。


 小さな島国エサーナスの国土は七割がアウトエリアで占められている。


 アウトエリアにはジャンクと呼ばれる異形の生物が跋扈ばっこしているため、ほとんどの人間は街の外には出ない。

 街から街への移動も陸路ではなく航空機を使って空路で行われている。


 しかし、なかには自ら進んでアウトエリアに出ていく連中もいた。


「やっぱり墓荒らしグレイヴァーに頼んだほうがよかったんじゃねーの?」

 墓荒らしグレイヴァー

 アウトエリアには百二十五個ものエンプティと呼ばれる廃墟の地下街が点在している。

 大昔に旧人類ストリアンが生活していたというそこに侵入し、旧人類ストリアンが遺したものを持ち帰って学者やマニアに高く売ることを生業としている者たちを墓荒らしグレイヴァーと呼んだ。


墓荒らしグレイヴァーなんかに頼んだらもっと高くつくわよ。まず前金だけで百万はいくでしょ? 墓荒らしグレイヴァーの依頼達成率は決して高くないし、仮にやつらがアイテムを持ち帰れたとしても、受け渡しのときにさらにお金をとられるんだから。運が悪ければ前金だけでドロンされるし。ほんとろくでもない噂しか聞かないんだから。自分でいったほうが確実よ」


「詳しいなおまえ。ぼったくられたことでもあるのか?」


「ないわよ。学校でそういう話をたまに聞くってだけ」


 ほう。セレブの常識ってことか。

 つーかセレブってなんで古いモンとかコレクションしたがるんだろうな。金の使い道ないの?


「エレナ様。もうすぐ目的地に到着いたします」


 ヘリを操縦している女性が言った。


「ご苦労様、マヤ。帰るときは呼ぶから、近くで安全なところを見つけて待っててちょうだい」


「かりこまりました。……このこと、社長にご内密にするかわりに、お見合いのお約束、お忘れなさいませんよう」


「わ、わかってるわよ」


 エレナはばっと俺のほうを向いて、「あ、会うだけだからねっ!?」と早口に言った。


「会うだけ会って、気に入らなかったらすぐに断るんだから! ていうか! 百パー断るからっ!」


「会っていただけるだけでも十分です。エレナ様が一目見てお気に召すような男性を、社長がきっと探し出してくださいますから」


「そ、そんなことありえないからっ! 絶っ対っ!!」


「この歳でもう見合いなんて、おまえも大変だなぁ……。ま、でも最初からそう否定的に考えずに気楽にやってみたらどうだ? 意外とすぐにいい男が見つかるかもしれないぞ?」


「な……!」


 エレナは目を見開いて固まった。

 すぐにふいと顔を背け、肘まである長い手袋で窓の縁に頬杖をつく。


「なによそれ……もっと焦ってよ……」


 ため息とともに吐き出される言葉がしゅるしゅるとしぼんでいく。最後のほうはほとんど聞こえなかった。


 窓の外を見る。


 すぐ近くに、エサーナス一高いフヨウ山がでんと構えていた。

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