第4話「策があるなら任せたぜ」

 俺に服を渡すとエレナはさっさと部屋を出ていってしまった。


 整えられたベッドとクローゼットがあるだけの部屋で、俺はエレナから渡されたミントグリーンの服を広げる。


「うわぁ、やっぱりワンピース……」


 いくら美少女になってるとはいえ、女の服を着るのは結構抵抗あるんだけどなー。


 でも、着ないとエレナがまたうるさそうだしなぁ……。


 よし、と俺は気合を入れて男物のシャツを脱いだ。


「おおっ」


 シャツの下に着たTシャツを顎まで持ちあげると、やわらかそうな巨乳がぷるんと揺れた。

 俺は上半身裸になってしげしげと自分のおっぱいを眺める。


「いい眺め、なんだがなぁ……」


 たわわなおっぱいを恐る恐るつついて、手のひらでやわやわと包んでみる。


 やわらかい。あったかい。気持ちいい。


 それはたしかなのだが、なんかこう、男のときに夢見ていたものとは違う気がした。


 端的に言うと、エロい気分にならない。


 やはり自分の身体だからだろうか?


「ま、自分の身体に欲情したら変態か」


 トランクス一枚の上にワンピースをかぶって部屋を出た俺を、水色の幼馴染は「あーあ……」とため息交じりに出迎えた。


「なんだよ?」


 エレナは無言で俺を姿見の前に連れてくる。


「おお、セクスィー……」


 鏡に映った金髪美少女の、胸部。


 身体にぴったりと張りついたミントグリーンの布地が、胸の形をくっきりとあらわにしていた。

 男のときに見たらなかなかに刺激を覚えただろう、慎ましやかな(?)いいエロさだ。


「こういところに無頓着じゃダメよ。これからはあんた、女の子としてすごすんだからね!」


 エレナは空色のジャケットを俺に着せ、前のジッパーをしっかりとしめた。これでおっぱいの形は気にならない。


「とりあえず今日はこれでごまかすしかないわね。さ、擬態も済んだことだし職員室にいくわよ」


 エレナが廊下に出る。

 俺はそのあとに続いて、


「職員室なんかいってどうするんだよ? 俺、先生たちをうまくごまかす自信なんてねーぞ?」


「あたしに策があるわ」


 長い足でせかせか歩きながらエレナがにやりと笑う。


「どんな?」


「まあ任せなさいよ」


 自信満々だな。んじゃ任せた。


「それにしてもこの服、やっぱりちょっと苦しいな……」


「あれ。サイズ合わなかった? あたしのほうが大きいから平気だと思ったんだけど」


「は? おまえのほうが大きい? どこがだよ。どう見ても俺のほうがでかいだろ」


「ええ? なに言ってんのよ。今はあたしのほうが十センチくらい高いでしょ」


 エレナは右手を自分の頭の上に、左手を俺の頭の上に置いた。


 あ、身長の話か。


「バッカちげーよ。胸の話だよ。さっきからもー苦しくて苦しくて……」


 ハッ、と息を飲む。

 エレナが水色の瞳を凶悪に眇めて俺を見つめていた。


「ああいや、おまえの胸に文句があるわけじゃないぞ? 貧乳にも凡乳にも巨乳にも、それぞれちゃーんと価値はあるさ! ただ、俺のナイスバディは本来ならこの服に収まらないようだと思っただけで」


「……それ、フォローしてるつもり?」


「え、できてない?」


「あんたが男だったら、大事なところを蹴りあげてやるところだったわ」


「女の子でよかった!」


 エレナ様、俺を女の子にしてくれてありがとう!


「そういえばおまえ、さっきはなんで実験室で魔法の練習なんかしてたんだ? まだ春休みだろ?」


「……一学期の期末試験で、変身魔法のテストがあるって聞いて」


 急にエレナの声が沈む。

 あれ、俺なんか悪いこと言った?


「期末なんてまだまだ先の話じゃねぇか」


「……だってあたし、魔法が全っ然できないんだもん。今から練習しておかなくちゃ、またひどい成績とっちゃう」


 へぇ、こいつ、魔法が苦手なのか。


 エレナは昔から努力でなんでもものにしてしまうような女の子だった。


 だから小学四年生までのエレナしか知らない俺は、中学からはじまる魔法の実技でもエレナは抜群の成績を収めているのだろうと勝手に思っていたのだが。


 やはり誰にでも苦手なことの一つや二つはあるってことか。


「ていうか、マカゼはなんでヒナギクを受けたの?」


「ん? 特に深い意味はねぇよ。記念受験のつもりで受けたら運よく魔法特待生の枠がもらえて」


「なんですぐあたしに連絡しなかったのよ」


「そりゃ……」


 俺が苦笑を漏らしたとき、職員室と書かれたプレートが見えた。


「……策があるんだろ。任せたぜ」


 俺は職員室の扉を指差す。


 エレナはなにか言いたそうな顔のまま、職員室の扉をノックした。

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