第3話「男だった事実を隠蔽」

 しーん……を三十分くらいそれを繰り返したところで(なんて不毛な時間だったのだろう)、エレナが湿っぽいため息を吐いた。


「もういいわよ。あんた、魔法特待生だもんね。魔法が得意なあんたにもできないんじゃ、もうどうしようもないわ……」


 はぁ……と情けなくため息を吐きながら、エレナは革張りのソファに尻から倒れこむ。


「もうっ、なんであたしが『呪い』なんか! 『呪い』って難しいんでしょ? なんで基礎的な魔法すらまともにできないあたしが、『呪い』なんて高度なことができちゃったのよ!」


『呪い』。


 術者が他人に魔法をかけ、かけられたほうが自力でそれを解けない場合、その魔法は『呪い』と呼ばれる。


 つまりエレナの魔法で女になってしまい、男に戻ることができない俺は、エレナに『呪われた』ということになるのだ。


 この国では『呪い』は結構な重罪だ。


 しかも呪ったエレナにはもう一つ、そして被害者であるはずの呪われた俺にも一つ、『呪い』とは別の罪状が科されることになる。


「あたしもマカゼも、異端審問にかけられて一生牢獄のなかですごすんだわ……!」


 ここワコットの街を首都とした島国エサーナスでは、エレナ教が国家宗教として定められている。


 エレナ教はその名の通り、創造の女神エレナを救世主として信仰する宗教だ。世界で最も信仰されているこの宗教には、「異性に変身してはいけない」という厳しい戒律があった。


 宗教国家エサーナスには、司法権によって適用される法律とは別に、エレナ教の戒律を破った者を罰する異端審問という制度がある。


 異端審問にかけられることは有罪判決と同義であり、審問にかけられた者はほとんどの場合そのまま牢獄ゆきとなる。


『呪い』をかけてしまった、しかもよりにもよって俺を異性に変身させてしまったエレナと、異性に変身してしまった俺は、今やこの国では立派な犯罪者なのだ。


「なんで『呪い』の解き方が載ってないのよ!」


 エレナは俺から教科書をひったくるとものすごい勢いでページをめくり、すぐにポイッと投げ捨てた。


「そりゃ、犯罪の証拠隠滅の方法が教科書に載ってるわけがないだろ」


「……こういうときこそ文明の利器の出番ね!」


 エレナは今度はポケットからスマホをとり出し、くりくりと画面をいじった。

 しかし求めていた情報は得られなかったようで、すぐに体育座りした自分の膝小僧にきれいな顔をうずめる。


「出てこない……」


 エレナのため息が高級ホテルみたいな寮の部屋に虚しく響く。

 エレナはゆっくりと顔を持ちあげて、恨めしげに俺を見た。


「こうなったら、もうしかたないわ」


 水色の瞳がギラリと怪しく光る。

 嫌な予感がした。


「男に戻らないなら、男だった事実を隠すしかないわっ!」


「え」


 ちょっとなに言ってんのこの人?


「『え』じゃないわよ。あんたが男だってバレたら、あたしたち犯罪者よ?」


「そりゃそうだけど……」


 犯罪者は困る。


 でもいきなり女のふりをしろと言われても困る。


 どっちが困るって訊かれたら、そりゃ犯罪者になるほうが困るけど。


「『けど』なによ? あんた、犯罪者になってもいいわけ?」


 俺は首を横に振る。いいわけがない。


「でも隠すってどうやって? 俺、男としてここに入学することになってるんだけど。明日から」


「だから、それを今からなんとかするのよ! きて!」


 エレナは奥の部屋に移動しクローゼットをごそごそしだした。


「これに着替えて」


 取り出したのは淡い黄色の服。


 ……って、これもろに女物じゃねぇか!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る