第2話「戻りたくても戻れねぇ」

「なんで戻らないのよぉ!」


 ヒナギク学園高等部女子寮の一室で、半泣きのエレナが額を壁に打ちつけた。


「教科書にはこう書いてあるのに! なんでっ!? あたし、また間違えたの!? また途中で間違えて、変な魔法をかけちゃったの!? あたしのバカ! 能無し! 役立たず!」


「お、落ち着けエレナ……」


 まっすぐな長い水色の髪を振り乱してガッツンガッツンと自らの額を壁にぶつける久しぶりに再会した幼馴染の姿に、俺はちょっと引いていた。

 とめたほうがいいんだろうけど、近づくのは怖い。


「落ちこぼれ! クズ! ゴミ! うう……」


 壁に額をつけたまま、エレナはずるずるとその場にしゃがみこんだ。

 水色の背中をオロオロと見つめる俺の姿が、姿見に映りこむ。


 鏡のなかの俺は、やはりどこからどう見ても金髪の美少女だった。


 よく見れば男だったころの面影を感じなくもないが、それでもこの姿で「マカゼです」と言ったところで信じてくれる人はいないだろう。

 男物のシャツと身体が小さくなったせいで腰までずり落ちたジーンズが、さっきまで俺が男だったことを示す唯一の証拠だ。


 俺は変身魔法の練習をしていたエレナの失敗に巻きこまれて、美少女になってしまったらしい。


 いやー、それにしても女の子の俺かわいいな。

 俺生まれてくる性別間違ったんじゃね?


 しげしげと鏡のなかの美少女(自分)を見つめる俺を、涙目のエレナがキッと睨む。


「あんたちゃんとやってんの!?」


 一瞬前までダンゴムシよろしく部屋の隅っこにうずくまっていたエレナは、すくっと立ちあがるとローテーブルに開いてあった教科書を俺に突きつけた。


「や、やってるよ」


「もう一回よ! ちゃんと教科書読んでよね!」


「読んでるよ……」


 教科書に載っている「変身魔法の解除の方法」はいたって簡単だ。


 本来の自分の姿をイメージし、自分の名前を唱えること。以上。


 俺はこれといった特徴のない、金髪金目の十五歳の少年の姿を想像してはっきりと言う。


「マカゼ・ホワイト」


 しーん。


 なにも起こらない。


「本当にちゃんとやってんの?」


 水色の瞳が射殺せそうな視線で睨んでくる。怖い。


「や、やってるよ!」 


「実物とは似ても似つかないイケメンの姿を思い描いたりしてないでしょうね?」


「してねぇよ! つーかそれどういうことだ! たしかにイケメンと言っちゃ語弊があるが、顔はまあまあ悪くないぞ!」


「自己申告ほどあてにならないものはないわ!」


「幼き日の俺を思い出せ! あの顔からブサイクに進化するわけがないだろ!?」


「ああもうっ! あんたの顔面の出来なんてどうでもいいのよっ! さあもう一度! 今度は本当の自分の姿を想像して! どんなにブサイクでも真実から目をそらさず、現実を見つめて!」


「だからブサイクじゃねぇって!!」


 え、もしかして俺ってエレナ的にはブサイクなの!?


「騒いでるひまがあるなら、さっさと頭を動かしなさいよ! もとに戻るまで何度でもやってもらうからね!」


 エレナに尻を蹴っ飛ばされて、俺は渋々再び男の自分の姿を想像する。


「マカゼ・ホワイト」しーん。


「マカゼ・ホワイト」しーん。


「マカゼ・ホワイト」しーん。


 やっぱりなにも起こらねぇ。

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