美少女に呪われて美少女になってしまった俺の魔法学園ライフ

河原オリオン

第1章「入学前の大事件」

第1話「今日から美少女です」

 三メルテルは吹っ飛んだ。


「いってぇ……」


 天井で揺れる小ぶりのシャンデリアが視界に入る。


 頭と背中がじんじんと痛む。後頭部をさすると指がでかいこぶをかすめた。

 生理的な涙がこぼれそうになるのを、歯を食いしばってこらえる。


 痛いくらいで男が泣いてたまるか。


「マカゼ!?」


 実験室から女の子が飛び出してきた。

 輝くような水色の髪と瞳を持ったきれいな子だ。


 教室のなかで半径一メルテルほどの魔法陣に立っていたのは彼女だった。

 彼女が通りかかった俺を見て俺の名を呼んだ瞬間、カッと魔法陣が光ったのだ。

 そして俺は吹っ飛んだ。


「大じょう……」


 水色の美少女は倒れた俺を呆然と見おろした。

 戸惑ったような泣きそうな顔をしていた彼女の顔から、みるみる血の気が引いていく。


「あああああんたっ!」


 水色の女の子はぺたんとその場に座りこみ、めいっぱい見開いた水色の瞳に涙をためて、


「マカゼよね!? あたしの幼馴染のマカゼ・ホワイトよね……!?」


 俺の肩をガックンガックンと揺らした。


「お、おう。久しぶ……」


「ど……どどどどどどどうしよう!」


 彼女は奇声を発しながらさらに激しく俺を揺さぶった。

 頼むやめてくれ傷に響くと言いたいのだが、シャツが引っ張られて首がしまり、うまく息が吸えない。


 グェッとつぶれたカエルみたいな声を漏らすと、女の子はやっと俺を離してくれた。


 立ちあがってスーハーと深呼吸しながら、落ち着けぇぇ、落ち着けあたしぃぃ……! と呪文のように唱え、意志の強そうな瞳でキッと俺を睨む。


「マカゼ・ホワイト! あんたは明日から魔法特待生としてこのヒナギク学園に通うことになってる、あたしの幼馴染の男子生徒よね?」


「そうだけど……」


 あれ? 俺の声ってこんなに高かったっけ。


 彼女の顔色がさらに青くなる。


 くそ、背中痛ぇ……。


 俺はゆっくりと立ちあがり、彼女を見あげる。


 ……見あげる? 百七十センチ超えの俺が、女子を「見あげる」?


 なんか変だ。

 身体に違和感があるっつーか……。


 目の前で手を開く。

 節くれだっていた指は白くなめらかなそれに変わり、手のひらも二回りほど小さくなっている。


「もうっ! なんでこんなことにっ!」


 水色の女の子が半泣きで、腰を引き気味に俺を見つめていた。怯えているような、でもこのまま放っておくわけにはいかないというような、悲壮感に満ちた表情だ。


 こいつ、なんでこんなにビビってるんだろう?

 自分では気づいてないだけで、もしかして俺はひどい怪我でも負っているんだろうか?


 俺は自分の顔をぺたぺたと触った。

 特に痛くはない。血もついてないし。


「あんた、もしかして気づいてないの!?」


「なにが?」


 聞き慣れない高い声で訊き返すと、女の子は強張った顔でポケットから手鏡を出した。


 覗き込んだ鏡には、金髪の美少女が映っている。


「え?」


 俺が言うと、鏡のなかの美少女も「え?」の形で間抜けに口を開けた。


 俺が両手で顔を包むと、鏡の少女も同じ動きをする。


 ……おい、嘘だろ?


 俺が顔を鏡に近づけると、美少女も近づいてくる。


 俺はゴクリとつばを飲みこんだ。


「ま、まさか……」


 現実を受け入れたくないとでも言うように、水色の女の子が目と耳をふさぐ。


「俺、美少女になっちゃってる……!?」


「ひぃやぁぁ……!」


 俺を美少女にした水色の女の子――幼馴染のエレナ・スチュアートの悲鳴が、人気のない学園の廊下に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る