第3話 「ジルの願い」

彼の家族はおばあさんと2人だけだった。


だが2人はとても優しかった・・・杏子は生まれて初めて知る人の温もりが嬉しくて部屋の掃除をしたりおばあさんの肩を揉んだり2人で食事の支度をしたり買い物したりと本当に幸せな日々を送っていた。


彼女に家族などはもう居ない。


おばあちゃんは彼女を孫の嫁さんだと笑いながら近所に紹介してくれたのが彼女には嬉しかった!

彼は働き者で朝から深夜まで仕事をし帰って来る。


彼女は彼が帰ると跳びついて喜んだ!


その様子を見ながらあばあさんは手を叩きながら冷やかす!

彼も彼女も恥ずかしそうに笑いながらおばあさんを挟んで両隣に座り一日の出来事を楽しく話しながら食事をするのがいつもの日課となっていた。


ストーブに灯る炎よりも暖かい家族の温もり・・・


幼い頃に彼女がうっすらと覚えている父と母の明るい笑顔は父が事件を起こし射殺された日を境に一変した。


彼女の父は俗に言う吸血鬼であった!


古代から続く正統な血を受け継ぐ吸血鬼であるが一子相伝で血を受け継いで行く為、不老不死という特別な能力も無く吸血という行為さえ失われていた。


ただ生命力は異常に強く、何も食べなくても何ヶ月かは死にはしない・・・人並み外れた腕力、聴力、視力を持ち人の心の色を読むことが出来る。


人の心に潜む善悪と色が瞳を見ただけでわかると言うことだ!


ジルには善悪の区別が未だに良くわからなかったのでこの能力には極めて興味を抱いた・・・それはジルが未だに彼女に憑依を続けている理由の一つでもあった。


ただ血を受け継ぐ者が男である場合、吸血鬼は本来の姿へと覚醒する可能性が高い!


怒りや不満、欲望・・・もともと血を好む怪物である、それらを抑える強い精神力が伴わなければ覚醒してしまい元の姿には戻れなくなってしまうのだ。


彼女の父は怒りに覚醒してしまい多くの人々を殺戮し怪物として射殺され隠密裏に葬られた・・・

動けぬ病に冒された彼女の母は半ば魔女狩りの様に幽閉され死んだ。


彼女のエメラルドグリーンに輝く瞳は血を受け継ぐ者の証しであるがそんなことを彼に言えるはずもなく彼にそんなことが理解出来るはずもない・・・

彼女は彼を愛していた!


自然と気持ちは伝わりおばあさんの勧めもあり夫婦として暮らす様になって行った。


このまま何事も起こらねば彼女は幸せに暮らせるだろうが?


ジルは抱き合い愛しみ合う2人から視線を外したまま彼女と彼の幸せな未来を願った。

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