リターン

佐々木実桜

俺は、

満たされない。


それなりに恵まれた生活をしているのだろう。


行きたい大学に入って、友人にも恵まれて、彼女はいないけど、楽しく過ごしている。


それでも満たされないのは、この脳にこびりついたあの記憶のせいだろう。


俺は今日も満たされない。



「新、知ってるか?」


「林がそういう時は大体たいした話じゃないから知らなくてもいい」


「まあそんなつれないこと言うなって」


「で、なに?」


「大学の近くのあの道あるだろ?あの道を、夜の二時に通ると過去に戻れるらしいぞ」


「くだらなっ」


「いやいや!俺も最初はそう思ったんだけどな、何人か戻ったやつがいるらしいんだ。でも、」


「でも?」


「なんだよ、興味持ってんじゃん」


「うるさいな、で?でも、何?」


「でも、戻れるのは30分だけ、30分を過ぎると気づいたら今に戻ってきてるんだと」


「はぁ、しょうもないな」


「そんなに言うなら試してみろよ、起きるかもしれねえし」


「…」



「分かったよ」




林にのせられて、やってきてしまった。


今すぐにでもUターンしたい衝動を抑えて連絡をする。


【なあ、やっぱ戻ってもいいか?】


【あれ?新ちゃんビビってるの?あれあれ?】


【うっざ、分かったよ。お前帰ったら覚えてろ】


【きゃーこわーい】


「えっと、行きたい日を思い浮かべて、端から5歩進む、と。」


行きたい日は決まっている。


あの日。


俺の記憶にこびりついた地獄の日。


(過去に戻れるのが本当だとしたら、やることは決まっている。)


目を瞑って、五歩、進んだ。


目を開けるとそこには、


「新〜、早く降りてこいよ〜」


俺を呼ぶ幼馴染の姿、この日の俺はまだ眠っているみたいだ。


残り時間は、28分。


この日、10分後に俺達は家を出て、そして5分後、幼馴染が通り魔に刺されて、死ぬ。


この話を聞いて、俺は考えていた。


もし過去に戻れるなら、俺は何をする?と。


そして決めたのだ。


幼馴染を守る?


それじゃあの通り魔はどうにもならない。


なんせあいつは、俺達と同い年で、未成年だった。


どうせしょうもない刑しかつかない。


この30分というタイムリミットは他人からすれば良くないものだろうが、俺からすれば大助かりだ。



俺が家から出てきて、幼馴染と合流する。


もうすぐ、もうすぐだ。



真っ白なパーカーを着た小柄な男が前から歩いてくる。


俺は俺と幼馴染の前を歩き、そして、彼らがすれ違うより先にすれ違うだけ。


間違えた、すれ違って、刺すだけだ。


「なん、で…」


男が倒れ、近くにいた女の悲鳴が響き渡る。


人が集まってくる前に、気づかれないように歩き去っていく。


あぁ、よかった。


タイムリミットはあと1分。


あの道に戻って、そして待つだけ。


よかった、よかった。


やっと、やり直せた。


戻ったら、林に聞かれるだろうけどこんなことは言えないな。


戻ったら、幼馴染はどうなっているんだろう。


楽しみだ。


いつの間にやら1分経っていた。


俺は、今のあの道に戻ってきていた。


林に連絡をしようとメッセージアプリを開く。


「え…?」


林の名前はない。


幼馴染の名前が代わりかのように登録されていて、そしてそいつから【どうだったよ?】ときている。


そんな、


まさか、そんなことが、


『新!知ってるか??』


『新ちゃん案外不器用だよね〜』


『新!』


『新?』


『じゃあな、新!』


幼馴染を殺したのは、


俺が今さっき殺したのは、


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リターン 佐々木実桜 @mioh_0123

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