第5話 聖夜



「あ、もしもし? うん、私。うん、うん……大丈夫、明日には帰るから。え? ふふ、平気よ。それでね? 帰ったら、あなたに話があるの……」


 琴音は電話を切り、ひとつ息を吐いた。

 気分は晴れやかだ。

 今日は12月25日。世はクリスマス。

 残念と言うべきか、今日は朝から晴天。雪が降ることはないらしい。


「さて、と!」


 琴音は大き目のバッグを肩に掛け、両親と挨拶を交わして家を出た。

 母親は笑顔で、次は旦那さんと一緒に帰ってくるのよと優しく言ってくれた。その言葉をもう不安に思うことはない。

 次に帰ってくるときは、きっと。



 ■ □ ■



「コトちゃん、もう帰っちゃうの?」

「うん、仕事も溜まってるし」

「今度はちゃんと連絡してから帰ってきなさいよ?」

「わかってるって」


 駅前まで見送りに来てくれた唯子と美菜が琴音の手を握り、別れを惜しむ。

 二人には昨晩のうちに結婚のことで悩んでいたことを打ち明けた。諒人とちゃんと話をして、その悩みも解消されたことも。

 美菜には「もっと早く言ってほしかったな」と嫌味っぽく言われたが、その声はとても嬉しそうだった。

 唯子は泣いていた。悲しいものではなく、嬉し泣きで。

 琴音は改めて、周囲の人間に恵まれているなと感じた。悪態をつきながらも祝福してくれる友人や、理解しあえる大事な人。

 仕事の都合だったとはいえ、ここに帰ってきて良かった。本当に、心からそう思える。


「それじゃあ、私はもう行くね」

「あ、うん……」


 唯子は周りをキョロキョロと見渡した。

 何を探しているのだろうか。そう思った琴音だが、すぐに察した。


「諒人なら来てないよ?」

「え……」

「幸村、来ないの!?」

「だって、今日帰るとは言ってないし」

「はぁ!? なんで!?」

「え、だって……必要ないかなって……」


 キョトンとした顔で言う琴音に、唯子と美菜は肩をガクッと落とした。

 これはこれで二人らしいのかもしれない。

 二人は顔を見合わせてクスッと小さく笑って、琴音を見送った。



 階段を上がり、改札を通ろうとした琴音。

 だけど、そのまま足を止めた。

 来るはずないと思っていた相手がいるから。


 諒人が待っていたから。


「……諒人!?」

「よう」

「な、なんで?」

「だてに長く付き合ってねーよ」


 壁に寄りかかっていた諒人は、ゆっくりと琴音の元へ歩み寄る。

 琴音も、彼の方へと歩を進めた。


「こういうのガラじゃねーと思ったんだけどさ……」

「そうだね。私がここ離れるときも来なかったし」

「しおらしいのは嫌いなんだよ」

「そうだったね」


 向かい合い、微笑み合う二人。

 心は穏やかだ。

 不安も確執も、もうない。

 琴音は小さく深呼吸をして、諒人の目を見る。


「ありがとう、諒人」

「俺は別に何もしてないけどな」

「そんなことないよ。始めて付き合ったのが諒人で本当に良かった」

「改めて言われると照れるな」

「ふふ。本当のことよ」


 頬を少し赤らめる諒人に、琴音は吹き出すように笑う。

 本当に良かった。

 愛することの大切さを知ることができたのはきっと彼のおかげだから。


「またね、諒人。今度は彼女紹介してよ?」

「そっちこそ、次来るときは旦那も連れてこいよ」


 二人はコツンと拳をぶつけ、背を向けた。

 改札を抜け、ホームに降りた琴音は晴れた空を仰ぐ。

 雪のように白い雲。

 降り注ぐ暖かな日差し。


「メリークリスマス」


 そして、また会いましょう。


 今度はお互いに愛しい人を連れて。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゆきのうた のがみさんちのはろさん @nogamin150

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ