第4話 過去




 琴音と諒人が出逢ったのは、高校生になったばかりの夏。

 通う学校は別々だった二人は、夏休みに始めた短期のバイトで知り合った。

 同い年で、家も近い。新人同士でシフトが重なることも多く、必然と一緒に帰ることも多くなり、互いに惹かれていった。


 そして、その年の冬。クリスマスイブに諒人から告白して、恋人になった。


 毎日一緒にいて、家族同士も仲良くなって、そうなることが当たり前のように感じられた日々。

 だけど、いつからだろうか。

 その当たり前が、重く感じるようになったのは。


 高校を卒業して、大学に行って、就職して。

 互いに忙しくなり、会話も減って、会う回数も減っていった。

 成人を迎えてからは周囲から結婚しないのかと言われ続け、琴音は頭を悩ませていた。

 諒人のことは好きだ。だけど結婚なんて考えられなくて。


 それは諒人も同じだった。

 琴音のことは好きだし、一緒にいたいと思っていた。

 でも、距離を置くようになってから気付いた。

 あくまで友達の延長だということ。


 好きだった。一緒にいて心地よかった。

 所謂、友達以上恋人未満。

 いや、最初は本当に恋愛感情で好きだったんだと思う。

 ただ単に家族付き合いが濃すぎたのかもしれない。そのせいで、恋人というより家族、兄妹のような感覚になってしまった。

 だからこそ、結婚と言う言葉が重荷になってしまったのだ。


 そして、付き合いはじめて8年目の冬。


「別れようか」


 クリスマスイルミネーションが輝く駅前にあるカフェテラス。

 諒人から、その言葉を口にした。

 琴音もそれを受け入れた。

 そうなることが、必然だったように。


「……好き、だったよ」

「俺もだよ」



 そうして二人は別れた。

 友人へと戻った。


 琴音は地元を離れ、再会するまでの3年間、諒人とは一度も連絡をとらなかった。

 仕事で忙しかったのもある。

 就職した最初の年は覚えることも多く、人付き合いなんかでも学生の頃とは何もかもが違う。

 仕事してるときは良かった。彼を、諒人を思い出すことはなかったから。

 だけど今の彼と付き合いはじめて、結婚を意識するようになってからは諒人との思い出が時折脳裏をよぎる。

 このまま結婚していいの?

 また失敗したらどうするの?

 そんなことばかり考えてしまう。


 そして、彼からプロポーズされて。



「……少し、考えさせて」


 そう言って、彼と距離をおいた。

 タイミングが良いのか悪いのか、丁度仕事で地元の方に用事があり、短期間だが戻ってきた矢先に諒人と再会してしまった。


 諒人や友人等に結婚すると言ってしまい、仕舞いには元カレに泣きついて。

 散々だ。あまりに惨めだ。

 琴音は恥ずかしさのあまり、逃げ出したくもなった。

 だけど、諒人から恋人がいることや結婚のことで悩んでると告げれ、心の奥で何かがコトンと音を立てたような気がした。


「お前と別れてから周りに色々と言われたよ。特に親父はお前のこと気に入ってたからな」

「……そう、なんだ」

「ああ。今の彼女を親に紹介したときも、何かと琴音のことを引き合いに出してきてさ……」


 諒人は苦笑いをしながら言った。

 琴音は地元を離れていた分、そういった家族からの小言を聞かずに済んでいたが諒人はそうもいかない。

 それを考えると、自分以上にツラい思いをしたのではないかと、琴音は申し訳なく思った。


「でも、さ」

「……え?」

「琴音とのことがあったからこそ、いま結婚のことを真面目に考えられてるんだと思う。本気で彼女を大事にしたいって……」

「……諒人」

「お前も、そうじゃないのか? 本気で相手とのことを考えてるから、それほど悩んでるんだろ」


 諒人の言葉に、琴音は涙に濡れた瞳を大きく見開いた。

 過去をいつまでも引きずっていた自分。

 でも、それは彼を愛してるからで。嫌われたくなくて、別れたくなくて。だから臆病になって。


「……私、いまの彼のこと……本当に好きよ」

「俺も、彼女のことが好きだ」

「……うん。そっか……大事にしてあげなきゃ、ダメだよ?」

「琴音こそ」


 諒人はコートの袖で少し乱暴に琴音の涙を拭った。


 会えて良かった。

 そう、琴音は心の中で思った。

 やっと昔の自分と別れられる。諒人とのことを過去のできる。思い出になる。

 胸を張って、彼に応えられる。


「ありがとう、諒人」




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