第2話 報告




「琴音、久し振りー!」


 琴音が久しぶりに地元に帰ってきたと聞いて、高校の時の同級生が馴染みの居酒屋に集まった。

 この居酒屋は三年前もよく通っていた。友人とも来たし、二十歳になったときに諒人と二人で初めてのお酒を飲んだ場所でもある。


「コトちゃん、元気そうで何より……」

「唯子もね。相変わらず小さくて可愛いのね!」

「聞いてよ。唯子ってば、この前中学生に間違えられて補導されたのよ!」

「み、美菜ちゃん! それは言わないでって……!」


 二人は琴音の親友で、小柄で童顔なのが菅原唯子スガワラユイコ。その隣に並ぶのが河野美菜コウノミナ

 琴音は、彼女らに諒人と付き合うときも別れるときも相談している。

 だから二人は居酒屋に集まる前に琴音にメールを送っていた。諒人と一緒で大丈夫だったのか、普通にみんなで集まって平気なのかと。

 集まった友人の中には二人が別れたことすら知らない者もいる。そうなれば当然、そのことについて聞いてくるだろう。

 二人が別れる原因にもなった、結婚の話を。


「この面子で集まるの、何年振りだ?」

「三年振りよ。私が東京の方に行っちゃったから」

「そういえば、きょーたも去年に上京したんだよ」

「そうそう! 何かに弟子入りしたとかだっけ?」


 各々が酒や料理を注文していき、会話に花を咲かせていく。

 この三年で何があったのか。別々の場所でどう過ごしてきたのか。決して短くはないその月日は、友人を他人のように感じさせるには十分だった。


「三枝、なんか変わったな」

「え?」


 男友達の一人が、呟くように言った。

 だがそれは他のみんなも同じように思っていたようで、その言葉に黙って頷いている。


「なんか、大人っぽくなったよな」

「大人っぽくって……三年前だって十分大人だったつもりだよ?」

「いや、なんて言えばいいのかなー。綺麗になった?」

「なにそれ、口説いてるの?」


 琴音が茶化すように言うと、皆が吹き出すように笑った。

 確かにそう聞こえる言い方。その友人は慌てふためき、そうじゃなくてと必死で言葉を探してる。

 その様子に、笑いを抑えながら美菜がフォローした。


「いや、言おうとしてることは分かるよ?」

「うん、私も……。コトちゃん、雰囲気変わった……」


 唯子と美菜は顔を見合わせて言った。

 自分では変わったような気がしない琴音は、ただ首を傾げるだけ。


「俺も、最初会ったとき分かんなかった」

「諒人」


 ビールジョッキを煽りながら諒人が小さな声で言った。

 掠れた声に、ほんのり赤くなった頬。そういえば諒人は極端に酒に弱かったなと、琴音は思い出す。


「女って、ちょっと会わなくなっただけで変わるもんだなぁ」

「ちょっと諒人、もう酔ったの?」

「酔ってねーよ」

「そういえばさ、三枝がこっちに戻ってきたってことは……つまりそういうことか?」


 からかうような口調で聞いてくる友人に、唯子と美菜が反応する。

 二人の事情を知らなければ、そう思うのは当然だ。


「……あー、えっと」

「言ってなかったっけ? 俺ら、三年前に別れたんだよ」


 言葉を詰まらせる琴音に対し、諒人はサラッと言った。

 知らなかった友人たちは飲み物を吹き出したりと、驚きを隠せないでいる。

 そうなるのも仕方ない。高校の頃から二人は本当に仲が良かった。喧嘩も絶えなかったが、その度に仲直りして絆を深めていると皆が思っていた。


「なんでだよ!? 絶対に結婚まですると思ってたのに」

「まぁ、そういうこともあるだろ。今は良い友達。そういうこと」


 淡々と言う諒人に、友人らは呆然とする。

 琴音も、何となく悲しい気持ちになった。諒人の言う通り、今は友達。自分らの関係は終わったこと。

 だけど、ここまであっさり言われてしまうと胸が痛む。

 離れていた時間が、全てを過去のものにしてしまったのか。当時のことは、もう思い出。思い返すだけの、ただの記憶。


「そう、か。なんか勿体ないな。俺、結婚式での言葉とか考えてたのに!」

「バーカ。気がはえーよ!」


 場を盛り下げるような発言をして申し訳ないと思ったのか、友人は明るく声を張って話す。

 それに釣られるように皆は笑顔に戻り、琴音もホッとしたように胸を撫で下ろした。


「じゃあ三枝が変わったのは何でだ?」

「まだ言うの?」

「だって気になるだろー」


 皆の視線が琴音に集まる。

 変わったと言われる原因。自身に自覚はないが、そう言われる理由に心当たりがない訳じゃない。


 琴音は手に持っていたグラスをテーブルに置き、小さく息を吐いた。



「実は私……結婚、するんだ」



 その言葉に、皆が言葉を失った。




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