ゆきのうた
のがみさんちのはろさん
第1話 再会
■ □ ■ □ ■
真っ白。白、白。
今年もまた、鈍色のアスファルトが白く、冷たく、染まっていく。
思い出すのは、3年前のこと。
君は覚えてるでしょうか、あの日のことを。
私たちの出逢いは、本当に偶然だった。
それなら、あの別れはきっと必然だったのかもしれない。
「……琴音?」
「諒人……」
冷たい風が。無機質な車のエンジン音が、二人の間を吹き抜けていく。
今、一番会いたくなかった人。
今、一番会いたかった人。
ねぇ、この出逢いが偶然なら。
私たち、どうなるのかな。
■ □ ■
外ではハラハラと真白の雪が降っている。
駅前の喫茶店の窓際の席で、琴音は温かいコーヒーカップを両手で包み込みながら見つめていた。
目の前には、ついさっき駅前のクリスマスイルミネーションが飾られたツリーの前で再会した諒人(あきと)が座ってる。
メニューをジーっと凝視しながら、どれを注文しようか悩んでる様子。
そういう所も相変わらずだなと、琴音はクスッと小さく笑った。
「ホントに久しぶりだね、諒人」
「そういうお前こそ、引っ越したんじゃなかったっけ」
「去年、こっちに戻ってきたのよ」
「そうか」
何となく、ぎこちなくなる会話。
3年と言う月日が身に染みて分かる。喋っている時間よりも沈黙の方が長い。
彼、
高校の頃から、8年間。当時はいつ結婚するんだって周囲から囃しられていた。結果、別れてしまったけれど。
「……諒人は今、何してるの?」
「俺は変わんねーよ。相変わらず父さんの後継いで大工やってる」
諒人の家は祖父の代から大工業を営んでる。彼も高校の頃から父の仕事を手伝ったりしていて、卒業後はすぐに就職した。
琴音も当時は諒人の仕事場に顔を出したりして、家族公認の付き合いもしていた。だけど、今思い返せばそれが少し重荷になっていたのかもしれない。
みんなが二人に寄せた期待。
結婚は。子供は。
いつだ。まだか。
顔を合わせる度に言われ続け、最初は照れくさかったり嬉しかったりもしていた。
だけど大人になるにつれて、お互いその言葉を聞きたくないと思うようになってしまった。
「……注文、決まった?」
「え、ああ……うーん、もうちょっと待って」
「相変わらず優柔不断なのね。何と迷ってるのよ」
「いや、腹減ったから何かガッツリ食おうかと思ったんだけど……ハンバーグとパスタ、どっちがいいかなって」
「食べたい方頼めば?」
「どっちも食いたいんだよ!」
真剣な表情を浮かべる諒人に、琴音は呆れて溜め息を零す。
3年も経ったのに、ここまで変わらないなんて。
でも、安心した。彼のこういうところに自分は惹かれていたんだと、当時のことを思い出す。
「じゃあ、私がパスタ頼むから分けてあげるわよ」
「お、マジで? サンキュー!」
諒人はパッと笑顔を浮かべ、店員を呼んで注文した。
こういうやり取りも懐かしい。昔に戻ったみたいで、少しだけ泣きそうになる。
ぎこちなかった二人の空気も、段々と柔らかくなっていくのが分かるくらいだ。
「琴音の方はどうなんだ? 仕事、上手くいってるのか?」
「まぁ、それなりにね」
「出版社って年中忙しそうなイメージあるけど、ちゃんと食ってんのか?」
「大丈夫よ」
「そうか? 琴音、放っておくと仕事に没頭して飯もろくに食わないじゃん」
「そ、そんなことないってば」
確かに、就職したばかりの頃は寝る間も惜しんで仕事に精を出していた。そのせいでぶっ倒れて、諒人の世話になったことも多々ある。
今はもう仕事にも慣れ、そんなことはない。たまにしか。
「お前も、相変わらず嘘が下手だな」
「え!?」
「それ」
諒人が琴音の左手を指さした。
昔から琴音は嘘を吐くとき、無意識に左手で髪を触ってしまう癖がある
当時から注意されていたが、無意識でやってしまうために今でも治っていない。
「お前のその癖、変わらないのな」
「……うっさいなぁ」
お互いに変わらないところ。
あっという間に当時に戻った雰囲気や、話し方。
それから二人は食事をしながら、この3年間のことを話した。
仕事の話、共通の友達の話。
たった一つ、お互いが気になってる話を避けながら。
「そっか。お父さん、相変わらず元気そうだね」
「元気すぎだって。そろそろ家で大人しくしてればいいのに」
「いいじゃない、元気なのが一番だよ」
「そうだけどさー」
食後にコーヒーのおかわりして、途切れずに続く会話。
せっかく琴音が帰ってきたのだから、高校時代の友達を呼ぼうと、諒人は話をしながらメールを送ってる。
戻ることのできない時間。
そう思っていたのに、こうも簡単に帰れるものなのか。
このまま、時間を止められたらいいのに。
叶いもしない願いだと分かっているけど、そう思わずにはいられない。
彼を好きだった、あの頃に戻れたら。
どれだけ、幸せだろうか。
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