第6話
短針が1時を少し通り過ぎる頃、僕達は鬼怒川へと到着した。父さんを起こすのもなんだからと、途中の寄り道を止めて真っ直ぐ向かった結果、うどん屋に随分長居したにも関わらず、予想よりも幾分か早く着いた。
一先ず父さんを起こすが、旅館のチェックインは3時からなので、多少時間に余裕があった。当初の予定通り、車を先に旅館に止めさせて貰い、温泉街へと赴いて昼食を取る事にした。
賑やかな温泉街には、土産物屋が多数出ており、それに伴い子供連れやカップルが多く見受けられた。
「流行ってるわね~」
「意外と人多いしな」
「そんで、何食べるんだったっけ?」
「あれだ、湯葉。この辺りの名物らしい」
純二兄が、持参した観光マップを開く。
「この辺りの湯葉は、葉っぱじゃなく、湯の波って書くらしいぞ」
「へぇ、なんで?」
「さぁ、そこまでは書いて無いから分からん。ただ、湯葉がこの辺りの名物になったのは、日光が近くて昔から坊さんが一杯いたから、精進料理として流行ったらしい」
「ふぅん、でも、名物に美味い物無しって言うじゃない? どうなのかしらね?」
「いや、この辺りの湯葉は、割りと美味いぞ」
「父さん、食べた事あるの?」
「ああ、昔、ちょっとな」
「そうなんだ、じゃあちょっと期待してみようかな」
「でも、湯葉って言っても何食う? 湯葉が名物だったら、晩飯でも出るんじゃねぇの?」
「まぁ、美味しいものなら何度食べてもいいじゃない。それ系のお店探してみましょ?」
「あ、あそこに湯葉蕎麦って看板が見えるよ」
「お、本当だ」
「湯葉蕎麦? え? どう言う事? 湯葉で作った蕎麦って事?」
「そんな訳ねぇだろ。そもそも、湯葉で作ってんなら、もうそれ蕎麦じゃなくてただの湯葉だろ」
「分かんないわよ。こう、湯葉を細~く長~く切って、蕎麦みたいな感じにしてるのかもしれないじゃない? もうそこまで頑張ってるんなら、蕎麦と呼んであげてもいいんじゃないかしら?」
「普通に、蕎麦の中に湯葉が入ってるだけだよ」
「なーんだ、がっかり」
「じゃあやめるか?」
「ううん、美味しそうだから食べてみたい」
「なんだよそれ」
「父さんはどう?」
「ああ、あそこでいいよ」
「伸ちゃんもいいわよね」
「うん」
「じゃあ行きましょう」
「三葉、俺にも聞けよ」
「えー?」
「えー、じゃねぇよ」
「純二兄も、あそこでいいわよね? この流れで嫌なんて言わないわよね?」
「あー、わぁった。いいよいいよ。さっさと入ろうぜ」
二人のやり取りを、父さんが穏やかな顔で見つめている。杖をつきながら歩く父さんのペースに合わせながら、僕達は『ゆばそば』と書かれた暖簾を潜った。
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