第5話
結論から言うと、うどんは美味しかったけど、あの店に寄ったのは失敗だったかもしれない。
話好きな女主人と三葉姉が随分と盛り上がってしまい、ただでさえ荷物が一杯なのに、持ち帰り用のうどんを三葉姉が購入し出したのだ。まぁ、うどんを買ったのは別にいいんだけど、流石にちょっと尻が長すぎたように思う。
「うぇ、あのうどん屋に一時間半もいたのかよ……」
「いいじゃない、のんびりした旅なんだから、純二兄もうどん褒めてたじゃない」
「いや、確かに美味かったけどもよぉ、それにしても……」
「まぁまぁ、純二、いいじゃないか。こう言うのんびりした旅も」
「……父さん、疲れたりしてねぇか?」
「あぁ、大丈夫だ、ありがとう」
父さんの言葉に対し、口を開こうとした純二兄だったけど、結局何も言わずに再び車を走らせた。その代わりに少ししてから、僕の腕の中のうどんにチラと目を向けた。結局トランクには入りきらなかったので、こうして僕が抱きかかえる事になったのだ。
「帰りでいいじゃねぇか、なぁ?」
「うん、まぁ、ね?」
「伸ちゃんごめんね。邪魔だったら、こっちに渡してくれてもいいからね」
「ううん、大丈夫」
「三葉が買ったんだし、どうせ三葉が一人で食うんだろうから、本人に持たせりゃいいのに……」
「伸ちゃんは純二兄と違って、度量が広いもんね~。いい男になるわよ~」
後部座席から手を伸ばした三葉姉が、僕の頭を撫でる。三葉姉に頭を撫でられるのは、慣れてないせいか少し緊張する。それに、僕が荷物を持っている理由は、父さんと一緒に後ろに座っている三葉姉が、荷物がある事で父さんの相手が出来ないような状況になるのが、嫌だからだ。
高速は使わずに一般道を走る。スピードは然程出てはいないが、混雑もしていない為、車はスイスイと順調に進んで行った。
二時間程走った後、コンビニで一度トイレ休憩を挟んだ以外、車は寄り道する事無く、目的地へと向かった。コンビニで手に入れたカップのアイスを頬張る三葉姉の隣で、父さんは、少し疲れたのだろうか、背もたれに寄りかかり、微かに寝息を立てていた。
「退屈か?」
純二兄が小声で聞いて来る、
「いや、楽しいよ。父さんが、寝ちゃったなって思って」
「ああ、やっぱりちょっと疲れたんだろう。着くまで寝かせといてやろう」
「なんかさぁ、不思議ね」
三葉姉が後ろから顔を出した。
「さっき、父さんが純二兄に、まぁまぁなんて止めに入った時、どうしちゃったのって思ったわ」
「全くだよな。昔だったら、うるさい! って一喝して、俺ら二人共げんこつ貰って、それで母さんに慰めて貰って」
「そうそう、それで後になって、父さん絶対口じゃ謝らないのに、私達の為に、こっそりお菓子とか買って来てるのよね」
「そうなんだよなぁ。すっげぇ厳しくて、怖ぇのに、なんだろうな、愛されてるって感じはするんだよなぁ」
「……ね、大分変わっちゃって……、不思議」
「俺達も父さんも、そんだけ歳を取ったって事だろ?」
「何よ、私はまだまだ若いわよ」
「小学生のガキがいるおばさんが、何言ってんだよ?」
「心までおばさんになっちゃ終わりだからね。伸ちゃん、うどん、こっちで貰うわ」
「え? いいよ」
「後ろ、気にしてくれてたんでしょ? 父さん寝ちゃったから、もう大丈夫よ、こっちに頂戴」
そう言うと三葉姉は、僕の腕の中のうどんの入ったビニール袋を掴んだ。代わりにアイスのパックを、捨てておいてね、と渡される。
車は変わらずに、のんびりとした速度で進んで行く。
僕にとっては、純二兄と三葉姉が、僕の知らない父さんの話をしている事の方が、不思議で仕方無かった。
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