第4話
純二兄が高校生の時、三葉姉が中学生の時、つまり、僕がまだ2歳だった時、母さんが死んだ。
僕に物心がつくのが、もっと早ければと悔やんだ事もある。だけど、どれだけ口惜しく思っても、僕に母さんの思い出が無い事に変わりは無い。
父さんと母さんは、同じ小学校の教員仲間として出会ったのだと言う。小学校の教師は全ての授業を受け持つが、父さんの本当の専門は理科系で、母さんは数学系なのだと言う話を、最近三葉姉から聞いた。
「そうか、だから……」
「だから、何?」
「うん、小学生くらいの頃、父さんが僕に、しゃぼん玉を作ってくれた事があるんだ」
「しゃぼん玉?」
「そう、それもとびっきり割れないやつ。小さい時は、父さんが水にちょっと何か入れるだけで、今までよりもずっとしゃぼん玉が丈夫になったから、本当に魔法使いだと思ったんだ。理科の先生だから、そう言うのに詳しかったんだね」
「それだけじゃ無いと思うよ。父さん、母さんが死んでから、人が変わったみたいに丸くなった……。それまでは、本当に厳しかったのに……」
三葉姉の言葉から、厳しい父親から離れたかったと言うニュアンスは伝わってこない。どちらかと言えば、母さんが死んだ事で、変わってしまった父さんを見たくなかったのだろう。
純二兄も三葉姉も、父さんは非常に厳しく、恐ろしい印象だったと口を揃えて言う。だけど、僕が一緒に過ごして来た父さんは、穏やかで、僕に対しても甘い顔をよくしてくれる、優しい父親だった。歳を取ってから出来た子供だから、と言うのもあるだろう。だけど、もしかしたら父さんは、母さんが死んだ事も、純二兄と三葉姉が家を出て行った事も、全部自分に原因があるのでは無いかと、思い悩んだのかもしれない。本人に直接確かめた訳では無いから、なんとも言えない。でも、父さんが変わったのは、今までの自分を必死で変えようとした結果なんじゃないかと、僕は思う。
しゃぼん玉がすぐ割れてしまうと泣きだした幼い僕に、ちちんぷいぷいと言いながら、割れないしゃぼん玉を作ってくれた父さんの印象が、僕にとっては全てだった。二人の印象とは違っていても、僕にとっての父さんは、そう言う存在だった。
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