24話『頼れるのか頼れないのか』

「もうここまで来ると、逆に可哀想ですね」


 ハナの同情の言葉は、積み重ねられた物言わぬ小さな肉の残骸へのものだった。無惨にも原型を留めることすら許されず息絶えた、小鬼ゴブリン達の死体だ。

 こんな惨状の原因となった半巨人ハーフギガントは、力を抜くように肩を回す。

 

「な? 言ったろ? 一人でどうにかするって」

「ソウデスネー」

 

 軽く放たれるラスティンの言葉に、ハナは半目と棒読みで返した。

 一時間でゴブリンの縄張りを潰した数五つ。翼竜ワイバーンなどの他の魔物の縄張りを合わせれば、その数は二桁になるだろう。

 全てラスティン一人によって蹂躙された。

 ハナがやったことと言えば、水分補給用の水を出したり、返り血を魔法で洗浄したくらいで、一切戦闘には手出ししていない。

 正直、ここまでとは思っていなかった。

 ラスティンが強いというのは知っていた。間近で見るのも初めてではないし、むしろ慣れ親しんだものだとも思っている。

 しかし、ラスティン一人での戦闘を見るのは初めて出会った時以来であり、第三者目線で見るということは初めてだった。

 きっと彼は、本当は自分が知っているよりもずっとずっと強い。

 そうハナは確信した。そして、本当の強さを引き出せるのが、自分ではないことも。

 

「で、毎度毎度飲んで確認するのやめません? 体壊しますよ?」

「魔物も飲んでんだから、毒ってことはないだろ」

「むしろ魔物も飲んでるからこその心配なんですが」

 

 壊滅させた縄張りの中心から湧いている水をすくい上げて、酒かどうか口に含んで確かめるラスティンに、ハナは引き気味に顔を顰めた。

 魔物によっては、汚染された水を好む個体も少なからずいる。ゴブリンにそういう習性があるという話は聞かないが、魔物達と同じ水を飲むということは普通は躊躇うのだ。

 

「まぁでも、ラスティンさんはどんな毒でも効かなそうですよね」

「そんなことはない。俺も三毛猫の麻痺毒にはさすがにやられる」

「麻痺毒持ってる三毛猫がいてたまりますか」

「いるぞ。女のくせに女が大好きなババ猫が」


 そんなことを言いながら飲んだ水が酒でないとわかったラスティンは、口を拭いながら立ち上がった。

 

「さて、どうしたもんかな」

「やっぱりデマだったんじゃないですか? そもそも、何十年も前の話ですし」

「諦めるには早いぞ。まだ全部潰し終わってないじゃないか」

「いや、全部潰したらさすがに生態系壊れちゃいますから」

 

 そんなことをしてしまうと、下手したら冒険者ギルドから損害賠償を請求されることもある。魔物は全人類の敵であり、同時に資源でもあるのだ。根絶やしにしてしまうと、素材が手に入らなくなったり冒険者の仕事が減るなどの問題になってしまう。

 

「というか、もう帰りましょう。直に日も暮れ始めますし」

「そうは言ってもな……」

 

 尚も諦めることに不服そうなラスティンに、ハナがダメ押しの一言を言おうとしたその時、二人は視界の端に僅かに見えた影に武器を抜いた。

 

「敵ですかね?」

「いや、索敵スキルには一切反応がない」

 

 見間違えと判断するには、二人が影を見たタイミングが一致しすぎている。

 つまり、何かが木々の間を走り抜けた。索敵スキルをくぐり抜けて。

 

「!?」

 

 不意に背後に感じた異様な気配に、ハナは勢いよく振り向いた。

 木々を避けるように走り抜け、茂みに隠れるように引っ込んだ布のような揺らめきが見えた。背丈はゴブリンよりも少し高いくらいだが、一瞬見えた布はゴブリンが纏うものにしては清潔すぎる。

 子供? なんでこんなところに?

 ハナは一瞬疑問が浮かんだが、答えを導き出すよりも先に行動することを選んだ。

 

「ラスティンさんは魔物避けをお願いします!」

「……おう」

 

 一拍遅れてハナの見ている方向に視線を合わせたラスティンが了承すると、ハナは全力で走り出した。

 すると、飛び出した人影が森の奥に向かって逃げる。

 白いワンピースを着た少女。明らかに冒険者では無く、魔物が住み着く山の中にいるにはあまりにも不自然で、放っておいては危険だと判断するのは自然の事だった。

 

「待って!」

 

 静止の言葉を飛ばしてみるが、少女は振り返ることも、足を止めることもなかった。

 木々が密集しすぎているため、ラスティンでは追跡するには向いていないこの状況。だからこそ「魔物避け」をラスティンに託したハナの判断は正しく、応じた側も異論はなかった。

 少女を追いかけ木々を縫って走るハナを追いかけるように、ハナと少女を対象外とした『エネルギーシャウト』が駆け抜ける。

 周囲に魔物の気配は無いが、これで新たに魔物が近づいてくることも無いだろう。

 ハナは、前を走る少女から目を離さずに、繊細な技術で魔力を練り上げた。

 

「風よ、大いなる力を持って、我に一時の翼を授けよ『レビテーション』!!」

 

 風の力を味方につけたハナは、前方に浮遊すると、木の幹を強く蹴った。

 それを推進力としたハナの体は、一気に加速し少女を追う。

 体を浮かせる程度の能力しかないと思われている浮遊魔法である『レビテーション』だが、風の力で重力に逆らうように体を浮かせるという能力が本質であり、つまりは無重力状態を一時的に生み出しているのと同じなのだ。そのため、推進力を加えれば飛行魔法のように高速移動を、短い距離であるが可能に出来る。

 推進力が失われる前に次の幹へ、さらにその次の幹へと飛び移るようにして追いかけるハナは、ありえない出来事に目を丸くした。

 

 追いつけない…………!!

 

 ハナの速度は決して遅くはない。

 全力疾走するよりもはるかに早い速度でありながら、子供の走りに追いつけないのだ。

 前に進んでいるのは確かだ。なのに、少女との距離は一切変わらず、間の空間が歪んだかのような不思議な感覚になる。

 明らかにおかしい。警戒したハナが魔力を杖に込めたと同時に、足を何かに捕まれ、体が猛烈な勢いで地面に接近した。

 瞬時に浮遊魔法を解除し、重力に従って落ちる体を捻って受身を取ると、自身の足を掴む表面が剥げている木の根に目を向ける。

 ハナの頭に木の形状をした魔物の姿と名前が過ぎるが、知っている魔物の特徴に当てはまらない。

 力で振りほどくことはできないと判断したハナは、無駄のない技術で魔力を練り上げる。

 

「『ウォータースラッシュ』!!」

 

 凪払われた腕の延長線に水の刃が現れ、地面から伸びる根を容赦なく切断した。拘束が解かれたハナは、一時的にとはいえ視線を離してしまった少女を探すように木々の間に目を走らせる。

 しかし、それを遮ったのは、またしても表面が剥げ、ボロボロに劣化した木の根だった。

 ハナを取り囲むように現れた無数の根は、相手に逃げ出させる隙も与えずに頭上高くまで包囲網を形成し、同時に空間が歪んだ。歪められた空間はハナが魔法を使おうと練り上げた魔力を霧散させ、魔法の発動を阻害する。

 焦ったハナは、なんとか根の包囲網に近づこうと足を踏み出し、そこで足元の違和感に気づいた。

 光る沼。そう形容するには光が濁りすぎているが、底なし沼のように足を飲み込み、奥へと引きずり込もうと蠢く。

 

「うおぉぉぉおおお!! 『ハードスイング』!!」

 

 足が膝まで飲み込まれた時、大音量の雄叫びと共に、根の包囲網が吹き飛んだ。

 

「ラスティンさん!?」

「おうハナ! 今助けるぞ!」

 

 沼に着地したラスティンは、揺らめく闘気を爆発させると、自身を飲み込む沼などお構い無しにスキルを使い、周囲の根を薙ぎ払っていく。

 歪みが僅かに消える感覚に、ハナはやっぱりこの人はすごいと安堵の息を漏らす。

 しかし、

 

「あっ、やべ」

「え?」

「すまん、狂戦士バーサーカーモードの時間切れだ」

「えぇ!?」


 改めてラスティンを見ると、問答無用で撒き散らされていた闘気は消え、膨れ上がっていた気配も目に見えて萎んでいた。というより、今すぐ倒れてもおかしくない萎み方だ。

 確か……狂戦士バーサーカーモードって、時間切れになるとすごい疲労感に襲われるんじゃ……

 

「わりぃ、もう一発もスキル打てんわ」

「嘘でしょ!?」

 

 こうして、二人は沼に飲み込まれながら意識を手放した――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る